夜は突然に。

 くるくる、世界が回るのに合わせて透き通ったそれも身を翻す。ともすれば地肌さえ透かしてしまう寝間着に最初こそ動揺したけれど、一度袖を通してしまえば随分と着心地のいいものだった。  プレゼントだ、と贈られたそれはきっと、夫の趣味なのだろう。可能な限りふんだんにあしらわれたレースに包まれていて、いかにも高級そうな雰囲気を醸し出している。オーダーメイドだというそれは一体いくらするのか、そもそもなぜわたしのサイズを正確に把握しているのか、なんて野暮な考えよりも先に目についたものの方が問題だった。  見ればわかる通り、なにせ透けているのだ、全身くまなく。これでは着ようが着まいが関係ない。彼曰く、なにも纏っていない姿ももちろん魅力的なのだが服を脱がすという楽しみも味わいたいとのこと。わかりたくもないけれど。  絶対似合うよと、いままで見たことのないほど締まりのない表情で服を手渡してきたアグナルから逃れ、部屋に閉じこもったのが正午。部屋の前でしばらく着てほしいのだと再三頼み込んできていた彼も、諦めたのかそれともカイにでも諭されたのかようやく持ち場へと帰ってくれた。  そうしていよいよこの服の出番だという時刻に、せっかくだし一回だけでもとようやく腕を通して、そのあまりの良さに一人浸っていたというわけだ。  ダンスの真似事をしてターン、ステップ、 ジャンプ。ふわり、ドレスみたいに広がった裾が遅れて落ちてきた。普段はうまく踊れないダンスだって、ひとりですれば足を踏む心配も誰かに見られる不安もない。  自然、口ずさみ始めた音楽に合わせて身体を揺らして、ともすればバレエのように高々と足を上げて、視界を回す、くるくる。その勢いのままにベッドに飛び込み、こみ上げる楽しさに頬をゆるめた。  母になったからといって着飾ることを忘れたわけでもないし、そんな気持ちを知った上でかわいらしい服を―趣味であるかどうかは別として―贈ってくれる、そんな夫の心遣いが嬉しかった。  シルクのネグリジェの肌触りをたしかめて、笑みをこぼして、 「あ、」 「あ、」  ふいに音がした方向に顔を巡らせれば、きっと公務を放り投げて来たのであろう贈り主がそこにいた。視線を交わしたその人は、またたきのうちに悪戯な笑みを浮かべる。 「お気に召していただけたようだね、お姫様」  ぱたり、扉が閉まって。まだ月だって顔を覗かせていないというのに、とため息を洩らす暇は与えられないみたいだ。 (せっかく着たんだから、もう少し見てくれてもいいのに)
 ママだって女の子なんです。  2015.10.22