熱を高めるのも冷ませるのもあなただけだって知ってるくせに。

 差した灯りにまどろみがとかされていく。 「─…イデュナ、」  耳元で響いた声がやけに熱を持っている、それの意味なんて確かめなくてもわかっていた。わかってはいたけれど、完全には覚めきっていない頭が実感として理解するにはまだ早すぎて。  口を開いて、名前を呼ぼうとして。けれど音がこぼれていくその前にくちびるで蓋をされてしまった。重なったそれさえあつい、とけてしまいそうなくらい。  まともな思考なんて働くはずもなくてただ、促されるままに隙間を開ければ、舌が侵入してきてわたしのものを絡め取っていく。いつもなら労わるように触れてくる舌は、まるで別人みたいに遠慮がなく荒々しい。強引に口内に引き込まれ、音を立てて吸われて。  ぱちり、なにかが弾ける。夫の常にない様子にたがが外れたとでもいうのだろうか、わたしは、なんてはしたない。恥ずかしさからくちびるを離そうにも許してくれるはずもなく。逃れようと振り上げた手を掴まれ片方と合わせて頭の上で縫い止められてしまえばもう、抵抗できる術も意思も消え去ってしまった。  彼のごつごつとした手が寝間着を暴いていく。そんなに乱暴にして、破れでもしたらどうするの、せっかくあなたが贈ってくれたものなのに。とは思うだけで、口は酸素を吸うのに忙しかった。  触れ合った体温に反して外気はやけに冷たくて思わず、身体が震える。  ようやく距離を置いたくちびるから順に、上へと視線を辿っていって瞬間、色を持った眸にまた、ふるりと、今度は寒さなんかではなくて。溺れてしまっていた、とっくの昔に。  一足遅い夜の予感に理性なんて脱ぎ捨て、眸を閉じた、情欲に浮かぶ彼を閉じ込めるために。  鎖骨に触れていた手が徐々に、徐々に、落ちていって、 「………アグナル?」  けれども次にもたらされるはずのものが待てどもやって来なくてつい、視界を開けば、こちらにつむじを向けた彼の姿があった。胸に伝わる規則正しい呼吸にもしやと、浮かんだのはあまりよくない想像。  力を入れてごろり、なんとか身体を横に向ければ、その勢いで仰向けになった夫はさっきまで色にまみれていた眸をきっちり閉ざして、あまつさえかたちにならない寝言まで呟いてしまっていた。  そういえば口には、酔いが回ってしまいそうなほどのアルコール臭が残されているし、たしか昨日は晩餐会の準備やらなにやらで徹夜していたはず。揃った条件に、けれどと、頬をふくらませるのはわたしばかり。どうせ気を持たせるのならもう少しくらいがんばってくれたっていいじゃないの。こんなに中途半端なまま放置されたわたしは、一体どうやって朝まで過ごせばいいのよ。文句を言ってみたって、夢に沈み込んだ彼に届くはずもなくて。 「きらい。きらい。…だいっきらいよ、もうっ」  子供みたいな言葉を並べ立てて、背を向けた。それでも熱を孕んでしまった身体が眠気を呼び戻してくれるはずもなかったけれど。 (なあイデュナ、昨日なにが、) (知らない。きらい。あっちいって)
 おあずけを喰らったママはおあずけし返してたらいい。  2015.10.27