それでも嫌いになれないんだから本当、たちが悪いわ。

 ふてくされていなかったと言えば嘘になるけれど。 「いや、やぁ…やめ、っ」 「やめてほしのかい?」  ただ少し、羨ましかっただけ、本当にそれだけ。父親の膝に乗り掲げられた書類を、難しい単語を飛ばしつつ声を弾ませて読んでいる娘に、ほんのちょっと、彼との時間を分けてもらいたいと。そう思っていただけなのに。  父上のお邪魔になりますから、とゲルダに促され手を引かれていったエルサの声が遠のき、執務室にはわたしと夫だけが残される。娘がいなくなったことでここに残っている理由もなくなり、ふたりに続いていこうとするわたしの手首を掴み、にやり、なんとも意地の悪い笑みを浮かべた彼はなにを言うでもなく半ば強引にわたしを膝の上に導き、そうしていまに至るのだ。  もちろんただ向い合わせて座っているわけではなくて、 「だって、誰か、きたら、んんっ、」 「大丈夫、さ、ただ座っているだけだと言い張ればいい」 「そんなむちゃくちゃな、ぁ、」  突き上げられる衝撃に視界がちかちかとまたたく。そのくせ動きが制限されていて、もどかしさばかりが募ってはしたなくも腰を揺らめかせそうだ。  首に両腕を回して、ただひたすら、すぐそこまで訪れている果てを隅に追いやる。これはわたしの意地。彼にされるがままなのはどうにも癪だから。 「…っ、あまり、締めるな」  だというのに彼はわたしをじわりじわりと追い詰めていく、行動で、言葉で。もし誰か――最悪娘たちが扉を開けてしまったら、そんな不安を煽るように。  首筋に顔をうずめられて、肌をやわりと噛まれる、それだけで意識がぷつりと途切れてしまいそう。  色に染まった声がのどでくぐもって、 「ぱぱー?」  無邪気な呼び声は、扉の向こう。独特なノック音に、さあと血の気が引いていく。最悪な事態というものは来てほしくない時に限ってやって来るものだと、なにもこんな場面で実感しなくてもいいのに。  慌てて身繕いしようと胸を押し返すも、不敵に笑った彼はそれを許してくれなくて。しー、と。口元に人差し指が立てられる、静かにしているんだよ、とでも言うように。 「エルサね、わすれものしちゃったの」 「ああ、これかな」  机の上に置き去りにされた雪の結晶は、とけずに残っている。それを片手でつまみ上げつつ、もう片手はわたしの腰を捉えて離さない。ぐ、と。さっきよりは少しだけ勢いを抑えて、けれど深くまで進んできて。  息が詰まる、声が洩れてしまわないよう必死に口を塞ぐも、どうしても色が指をすり抜けていってしまう。気付かれてはいけないのに、そんな状況が余計、色欲を運んでくる。 「後で持っていくよ」 「ありがと、ぱぱ!」  そうして会話を終えたエルサの足音がとてとてと小さくなっていって。  息をはく、それと同時に勢いよく押し込まれてしまえばもう抑えきれるはずもなく、ただ壊れたように音をこぼした。 「ふ、んぁ、あ、あぐな、る…っ」 「…イデュナっ、」  あれだけ我慢していた果ては唐突で、そして一瞬のこと。  *** 「本当にすまなかった」  机に額を触れさせ深々と謝る夫に背を向けて、ようやく整った身だしなみに息を一つ。乱れた髪も元通り直したし、あれだけ激しくまき散らしていた色の余韻はもうどこにも見えない。  もう一つ、大げさなため息をついてみせる。 「すまないと思ってないでしょ」 「そんなことはない、今回はやり過ぎたと反省している」 「正直に言ってください」 「またしたい」 「さようなら」  必死で呼び止めてくる彼を無視して部屋を後にした、あのスリルが少しだけ心地良かったのだと、悟られてしまう前に。 (そんなことを呟きでもしたらまた調子に乗るから言ってあげない)
 執務室でってえろいよね。  2015.10.31