たとえば青春の至り。

 今度こそ実家に帰ろう。実家といったって、この国であることに変わりはないのだけれど。  ああもう、思い出しても顔が熱くなる。あれだけ人前ではしないでって言っていたのに、ゲルダもカイも見ている前であんなこと。  怒りに任せて扉を開けて、中庭をずんずん抜けていく。  意味がわからない、本当に、わたしを困らせて楽しいのかしら。確かにその後の彼は傍目から見ても嬉しそうな笑顔を浮かべていたけれど。張り手でもすればよかったわ、いっそ。だらしなくゆるんだ頬に一発受けさせてやればよかったのよ。  くちびるを拭って、衛兵の控える門に差し掛かって、 「──イデュナ!」  名前を呼ぶ声に足を引き止められる。いまばかりは聞きたくなかったそれを無視して門を抜けようとするのに、衛兵たちが焦ったように見上げているものだからつい、振り返ってしまった。  てっきり立っていると思っていた扉の前にはいなくて。首を傾げつつも周囲の視線に合わせて見上げてみれば、一番高い屋根の上、普段は掃除婦さえ上らないそこに人影が一つ。 「あ、アグナ、」 「さっきは!すまなかった!」  国王が命綱さえない状況で屋根に立っているのだ、狼狽えない者はいないだろうに、当の本人はそんなこと気にもせず大声で続ける。  さっきは、というのは、わたしの怒りの原因のことなのか。視線は明らかに、呆気に取られているわたしに向いている。 「君があんまりにもかわいらしいものだから!つい!キスをしてしまっていた!」 「なっ…」 「本当に!申し訳ないと!思っている!」  響く声に誘われたのか城仕えたちが中庭に集まってくる。わたしの頬にはまた朱が集まってくる。本当に申し訳ないなんて思っているなら、なにもみんなの前で言わなくてもいいのに。  いいえ、そんなことよりもいまは早く、あそこから下ろさないと。そうは思うものの城仕えたちは、国王を引っ込ませることよりも、言葉の先の方が気になっているようで。 「もう人前でキスはしないから!許してくれないだろうか!」  彼が頭を下げたと同時、みんなの視線がわたしに集まる。返事はまだかと、言葉にせずとも雰囲気がそう言っていた。  ぐ、とつばを飲み込む。ここでなにも返さず本当に実家へ戻る、なんて選択肢は許されそうになかった。  ずるい人だわ、本当に。 「………ばかっ」 「すまん!ばかだ!」 「すぐ約束破るくせに!」 「ばれているなら話は早い!」 「きらい!」 「好きだ!」 「わたしもよ、ばかぁ!」  子供みたいなやり取りに拍手が沸き起こる。もう顔が熱いなんて騒ぎではなかった、勢いとはいえ人前でこんなことを言ってしまうなんて本当、いつものわたしじゃない。全部全部、彼のせいよ、なんて。安心しきったように笑っている彼はきっと、気付いてもいないのだろうけれど。  ああもう、本当に、ずるい人。  その後足を滑らせて怪我をするのに、にこにこして看病を受ける彼に再び、実家に帰りますと宣言するのはまた別のお話。 (もう、本当に、かわいい人)
 某番組がとても懐かしかったから。  2015.11.4