わたしにも構ってくれていいのに、だなんて、
「ほらアナ、たかいたかーい」
聞いたこともないくらいに浮かれた声に、きゃっきゃっと、まだ言葉の話せない娘が全身で喜びを表す。そうしてまた、彼の表情が崩れていく、それはもうどうしようもないくらいに。
訂正。一人目の時にもこの光景を見た。エルサに対してもだらしなく頬をゆるませて、公務を抜け出しては顔を覗きに来ていて。私には一言声をかけるだけで後は娘にかかりきり、そんなところも三年前と同じ。
赤ん坊というものは高いところが好きなのか、放り投げんばかりに勢いよく掲げられているのに楽しそうに笑っている。もしかすればわたしの娘に限ってのことなのかもしれないけれど。
「エルサも、エルサもー!」
「おいで、エルサ」
妹が羨ましくなったのか、ベッドに大人しく座っていたエルサが両手を上げておねだりのポーズ。その腕にアナを抱かせた彼は、エルサを高く高く持ち上げた。
二人して笑顔をこぼす娘たちを微笑ましく見つめられていたのも最初だけ、いまはむすうとふくれていく頬を止められない。子供の前だっていうのに。楽しさでわたしが見えていないことだけが幸いだった。
ぱらぱら、室内なのに雪が降り落ちてくる。エルサが作り出すあたたかなそれにはもう慣れていた。慣れてはいたけれど、さすがに積もるほどまで遊ばせることはできなかった。
「ほら、エルサ。そろそろ三時になるわよ」
「あっおやつ!」
テラスではそろそろ、ゲルダがティータイムの準備を終えるころだろう。時間を告げれば雪が止み、思い出したように顔を輝かせた。
むすうと、今度は彼が口を曲げる。わたしの顔をようやく見て、かと思えば次に投げられる言葉がわかっているのか肩を落として、エルサをベッドに下ろす。アナもちょうどよく睡魔がやって来たみたいで、まだ薄い眸をとろりとさせていた。
「じゃあね、アナ、おやつ食べたらまたくるからね」
慎重にベビーベッドに横にさせたアナに向かってそう言うと、ばいばいと元気に手を振りつつエルサが駆けていった。アナは早くもまぶたを閉じて夢の世界へ。
そうしてひとり取り残された夫に、じとりと視線を送る。
「あなたもばいばいしなくちゃいけないんじゃなくて?」
「…もう少し、」
「アナを起こすつもりですか」
諦めのため息を一つ。
本音を言ってしまえばいつまでだっていてほしいのだけれど、彼にはやらねばならない仕事がそれこそ山のように積んであるのだ、そろそろ返さなければ、夜に部屋に帰って来れるのかさえ怪しいところ。それにここに残っていたって、わたしにはあまり構ってくれないだろうし。
名残惜しそうに踵を返した彼は、けれどなにかを思い出したように再びベッドに寄ってくる。
「忘れ物だ」
「なにを、」
ちゅ、と。音の発生源はくちびるだと判断できたのは、困り眉が離れていった後だった。すぐそばにある眸は、自身の子供を見つめている時よりも甘く。
「夜まではこれで我慢してくれ」
拗ねた心もなにもかも見透かした言葉に、くちびるから熱が広がっていく。
なにかを言い返す前に、どこからか聞こえてきたカイの声にようやく、部屋を出て行ってしまった。残されたわたしは一人、熱い頬に両手を当てるだけ。
「…どうしてくれるのよ、もう」
夜まではまだ、遠くて。
(これじゃあまるで子供みたいじゃないの、わたし)
子供にでも嫉妬はしちゃうんです。
2015.11.20