我が愛おしき主たちよ。
今日も今日とて王子は寝過ごしておられるようです。
もうとうに戴冠されているのですから、国王とお呼びしなければならないところですが、幼少のみぎりよりお側仕えを仰せつかっているこの身、このように昔と変わらない中身を目の当たりにするとどうしても、王子とお呼びしてしまうのです。
王妃の姿も見えませんが、あの方が寝坊など考えられません。恐らく王の寝顔でも眺めておられるのでしょう。彼女曰く、無邪気でかわいいということですが、わたくしにはどうも間の抜けた表情にしか、いえ、これは失言でした。とにもかくにも、少年の頃のままの寝姿、ということなのでしょう、多分。犬も食わないなんとやら、です。
寝室の扉に向かい、ため息を一つ。夫婦の仲睦まじい一時に水を差すのは忍びないのですが、時計の針も頂点を指そうかという時間帯、皆に示しをつける為にもそろそろ起きていただかなければならないのです。
ノックを一回、二回、三回目を鳴らすべく構えたところで、静かに扉が開きました。叩いた旨を伝えなければならないものの、開けた人物が見当たりません。
「おはよう、ゲルダ」
小さな小さな声を辿って視線を下へ。ノブよりも更に下方へと進めれば、見つめてきていた大きな氷色の眸と出会いました。母親によく似たその色に一瞬、王妃と見紛いましたが、それにしては小さすぎます。
「おはようございます、エルサ様」
腰を下ろして高さを合わせ、遅すぎる朝の挨拶を交わせば、しーっと言うように、立てた人差し指をくちびるに当てられました。静かに、という意味でしょうか。
二つを数えてからというもの、小さな王女様は前にも増してたくさんの言葉を話してくださるようになりました。物覚えの早さは父親譲りです。少し、いえ結構、悪戯が過ぎるところも似てしまったようですが。
示された指の先を追いかけていけば、ベッドには娘をおいて寝息を立てておられる影が二つ。あどけないと形容された表情を浮かべた国王が、自身の妻を胸に抱いて夢の世界を旅されているようでした。普段早起きの王妃までもが、こんな時間まで起床されていないのも珍しいことです。
「あのね、パパとママね、よるおそくまでおしゃべりしてたみたい」
「何をお話されていたのでしょうか」
「んとね、あかちゃんのなまえ」
たどたどしい言葉はつまり、二人目のお子の名前を考えていらした、と言いたいのでしょう。見ればベッドサイドのテーブルには、名前らしき単語を書き連ねた紙が何枚も積み重ねられていました。
まだまだ小さいですが、王妃のお腹にはエルサ様のご兄弟となられるお方の命が宿っています。弟か妹かは分かりませんが、姉となると聞いて少し、いえとても、しっかりなされたように思います。
喜ばれたのは両親も同じで、特に国王など、王妃を抱き上げて涙を流さんばかりに嬉しそうになさっていました。子供のような喜び方に、微笑ましさがこみ上げてくるのは仕方のないことです。
そんなお子の名前を考えて夜更かしとは。他人には笑われそうですが、どうしたって愛おしく思えてしまいます。主に向けるには不敬な気持ちかもしれませんが、それでもこの二人は、わたくしにとって、この城に仕えさせていただいている者たちにとって、愛おしいと思うに足る方々なのです。
「だからね、もうちょっと、ねかせてあげて」
「ええ、もちろんですとも」
怒られるとでも思っているのでしょうか、窺うように見つめてこられた氷色に、普段は滅多に浮かべない笑みを一つ。カイの仕事が増えますが、わたくしには関係のないことですから。
途端に顔を輝かせた王女は、とてとてとベッドへ駆け寄られていきました。わたくしも業務に戻ろうと扉に手をかけて、けれど気になってもう一度、起こしてしまわないよう小声で王女を呼び止めます。
「ところで、お名前は決められたのでしょうか」
お尋ねしたものの、紡がれる音はもう知っているような気がしていました。振り返った幼い姉君が教えてくださるのはきっと、大きく丸印がつけられたその名前。
「うん。あのね、」
(そうして大切そうにこぼされた名前はまるで、太陽のようでした)
ゲルダとエルサちゃん(2)。
2015.11.23