愛を教えてください。

「こわい、の」  触れて、離れて。その指先が臆病にも震えていることくらい、確かめなくても明らかなことだった。だってこんなにもこわい、感情は人よりも脆いものだから、触れることもなく消えてなくなってしまうものだから。彼が向けてくれているというその心もいつなにがあってわたしではない別の誰かへと宛てられていくか、その可能性がふと浮かんだだけでこんなにも、恐れてしまう。  眉を下げてなぜと暗に問いかけてくる彼を納得させられるだけの言葉をまだ、わたしは持ってはいなかった。いまの彼にどれだけ言葉を尽くしたとして、きっと否定しか返されないだろうから。この想いを違うことはないのだと、未来永劫変わることなどないのだと、そう。永遠なんてないとわかっているはずなのに、わたしも、彼も。それでも一瞬でも信じてみたくなるのは弱さのせいだ。もう彼なしではひとりで進むこともできないくらい弱い人間になってしまったからだ、わたしが。  自然と伝っていった雫が落ちていく前にすくい取られ、両頬が包まれていく。やけどしそうなほどのぬくもりがけれど肌に心地良くて。くちびるが合わさる、ひとときの交わり。ゼロ距離に見えた浅葱色がまたたいて、涙に濡れたわたしを映した。 「こわいよ、私も」  はらりはらり、涙があふれてはとけていく。まるで雪のようだと思った、純粋なその雫が。拭おうともしないそれを流しながらも彼は微笑んだ、けれど垂れた眉はそのままに。 「でも、君が一緒だから、──君と一緒だから」  なんにもこわくないよ、なんにも。額を重ねてただそればかりを繰り返す彼の言葉に、想いに、徐々に心が晴れていくようだった。ふたり分の涙が混ざってこぼれていく、まるで雪解け水みたいに。  そうね、わたしもきっとそうなんだわ。答える代わりに口づけをもう一度。彼が変わらずまっすぐな眸を向けてくれている限り、縋っていられるのかもしれない、不確かな想いに。なによりも崩れやすいその心に。  どちらからともなく身体を倒していけば、やわらかなシーツが剥き出しの背中を受け止めた。合わさった身体はわたしのものよりも震えを増していて。抱きしめる、ともすれば幼子をあやすように。 「大丈夫。わたしはもう、大丈夫だから、─…きて、アグナル」 (そうして明日も、あなたがあいしてくれていますようにと)
 こわがりなの、みんな、あいをおそれているの。  2015.12.20