別れの言葉をどうかわすれて、
すき、だなんて。気付いてしまったのはいつのことだろう。想いのかたちが見えてからは急速にふくらんでいって、もう胸にしまいこめないくらいになったのにそれでもまだ、抱えていなくちゃいけなかった、わたしのために。
「アグナルさんは、」
呼びかけるとすぐ、隣に腰かけていた彼が視線を向けてくる。頭一つ分ほど高い位置に見える眸がまたたきを一度だけ、なんだ、という代わりに。
「もし、あなたを好きだと言う人が現れたら。…どうします?」
我ながら馬鹿みたいな問いだとはわかっている。彼が聡い人ならすぐ勘づかれてしまうのに、たとえ話ではないことに、その誰かが誰であるのかに。
けれど色事に関しては疎い彼は、真剣な表情で腕を組んだ。こんなくだらない質問にさえ真摯に答えてくれるところに惹かれたのかもしれない、わたしの言葉もないがしろにしない部分に。
ううむ、としばらく唸って。
「きっとうれしいだろうな、私などを想ってくれたことが、純粋に」
「そうして?」
「そうして、きっと断ってしまうな」
「…どうして」
痛み出した胸は、隠した。ひけらかしてしまえばきっと、抱えていたなにもかもがあふれてしまうから。せっかくこれまで隠し通してきたなにもかもを彼の前にさらけ出してしまうことになるから。
見つめるだけしかできないわたしに、とっておきの笑みを乗せる。
「──想い人は、すでにいるんだ」
無垢な笑顔に、またたきを忘れた自身が映る。
想定していたものだったけれど、それでも、勝手に期待してしまっていた自分にともすれば腹が立つ。一時でもわたしに心を移してくれていないか、だなんて、愚かな考えもいいところだ。はじめからわかっていたはずなのに、この日々にもいつか終わりがくることを。
「…そう、ですか」
けれどわたしはまだ、虚像にすがっていたかった。失ってしまったことに気付いてしまいたくはなかったから、
「─…素敵な方なんでしょうね、きっと」
馬鹿で鈍感な小娘のふりをし続けた、続けるしかなかった。
(せめてこの日が終わってしまうまでは、)
傷付いてしまう前に消えてしまいたいから。
2016.1.19