声無き罪人はそれでも希望に縋った。
鼓膜を裂いた女の叫びがまだ、耳にこびり付いて離れない。
数多の男を欺いてきた女はきっと美しかったのだろうと思う。牢獄に捕らわれていた中で髪は無造作に伸び、その合間から覗く眸は狂気に満ちていたが、それでも美貌の片鱗は残していた。しかし女は、首が身体から切り離されるその瞬間まで醜く生に縋り続けた。生きたい、どうか命だけはと、涙で顔が濡れるのも厭わず枯れた声を張り上げていた。
捕らえたその時から女の処刑は確定していた。両手では数えきれないほどの男から金を絞り取り、命さえも奪ったのだ。言い逃れできる余地などそこにはなく、いままで手を染めてきた死が女にも訪れた、ただそれだけのこと。人にあらざる非道な行いをしてきた女には似合いの末路だと、被害者の娘は無表情で呟いていた。
生を乞う叫びを、無情にも滑り落ちていく刃を、転がった女だったものを、色一つ変えず見つめていた私こそ、とうに人をやめていたのかもしれない。
処刑に立ち会ったのは初めてではない。現国王に付き従っていたのは最初だけ、いつしか私に一任されるようになっていた。どうしようもなく慈悲を乞う人間たちを、人間だったものに成り下がっていくそれらを何度も、何度も見送ってきた私の手だって同じように、
「──アグナル、」
不意に。すくわれる意識のままに顔を上げれば、間近に迫った水面色の眸に心配が色濃く映っていた。
「元気がないようだけれど、どこか具合でも、」
「すまない、なんでもないよ」
「だけど、」
「なんでもないんだ、…本当に」
口では否定しながらもまっすぐな水面色から逃れたくて顔を逸らしたのだから、言葉が嘘で塗り固めたものであると示しているようなものだ。そうと分かっていながらもいまは、純真なその眸に自身の姿が映し込まれている光景を見ていられなかった。
革命が相次いでいる周辺諸国に比べ内乱の兆候さえ窺えないアレンデールでも、なに一つ事件が起こらないかといえばそんなわけはない、あるはずがない。闇はどこにだって生まれるのだから。そうして闇に呑まれた罪人を裁く術も、この国には存在していた。
俯いた頭に、ぬくもりが降ってくる。抱きしめられたのだと、まぶたを開けずとも彼女の香りを辿れば分かることだった。深みへと落ちた心を易々と拾い上げてしまうその体温をどうして彼女はいとも簡単に与えてくれるのか、尋ねたところで、さあ、と首を傾げて微笑まれるだけなのだろう。
「…ひとりで抱えすぎないで」
言葉が積もっていく、一つ一つ、確かめるように。
「全部話してだなんて言わないわ、だけど、全部を背負ってしまわないで」
呼吸が、ともすれば震えているようでもあった。
「─…ひとりに、ならないで」
音が言霊となって私を縛っていく、ひとりきりになってしまわないでと、或いは彼女の願いみたいに。それでもまだ、純粋な少女には穢れのない世界を見ていてほしくて、私は眸を閉ざしたまま。どうか人のふりを続ける哀れな男に気付かないようにと、束縛に祈りを混ぜて。
「ひとりじゃないさ。―…君がいてくれるなら」
光に生きてほしいと願いながら、彼女さえ縛り付けた。ばけものである自分を見ていたくなくて、まだ人間に縋っていたくて。
(色にまみれた腕は、見えないふりをして、)
君はいつだって、私には眩しすぎるけれど、
2016.2.1