冬はつとめて。
揺らめかされても、覚醒にいたるにはまだ足りなくて。
「イデュナ。なあ、イデュナ」
それでもひっそり落とされた名前に珍しく興奮した少年のような響きが含まれていたものだから、つい、視界を開いた。
焦点の合わない世界に、またたきを一つ、淡い浅葱色が途端に色を持つ。見慣れたその色におはようと言葉を交わす代わりに口づけを。頬に落としたものを、今度はくちびるに返されて。
肌寒さに震える。毛布以外にまとえる物はないから当たり前なのだけれど、それでも刺してくるような気温に身体が勝手に反応した。
「ほら、見て」
寒さを押し留め示された方角にゆるりと顔を向ければ、まばゆい朝日にくらんだ。片手でひさしを作り、なんとか覗いてみても、窓の外は白く染まったままで。
「─…雪?」
「そう、雪だ。雪が降っているんだよ」
疑問にうれしそうな声が重なってくる。
雪の日なんて、冬の冷え込みが厳しいアレンデールでは特別珍しいことでもなかった。生まれた頃よりこの地で暮らす彼にとってはもっと当たり前であるはずなのに、窓の向こうを見つめる眸はきらきらと輝いていて。
結晶のようだと、思ったのはそんなこと。
ふ、と。覚えのある感覚に笑みが広がっていく。
「エルサの雪ね」
「分かるのか」
「なんとなく、だけれど」
お腹を痛めて産んだ子だからか、それとも他に別の理由があるのか。わからないけれどとにかく、娘が生まれつき持っているその不思議な力を使用した時、なにかあたたかいものに包まれるような、そんな感覚がするのだ。
もしかすると今日は、ようやくひとりで歩けるようになった妹にとっておきの雪でも見せてあげているのかもしれない。急に姉らしくしっかりとしてきた娘を思うと、いとおしさが止まらなかった。本当に、やさしい子に育ってくれている。
「雪は好き?」
尋ねてみれば、わたしと似た微笑みを浮かべた夫は頷いた。
「好きだよ。エルサのものなら、尚更」
言葉を一つ一つ、まるでわたしに落とし込むように。
彼でよかったと、安堵が広がった。わたしたちにはない力を持つ娘を、その力ごと愛してくれる彼で。幼い少年みたいに好きだと笑ってくれる彼で。娘だけでなくわたしの心までも拾ってくれる、彼で。
それに、と。続いた言葉に首を傾げるよりも早く抱きすくめられ、背中はベッドに逆戻り。見下ろしてくる彼の眸が悪戯に細められる。
「寒いとこうしてぬくもりを貰う口実ができるだろう?」
上げられた語尾に、けれど否定も拒否もできないことくらい知っていた。元よりそのどちらも取るつもりはないけれど。
さっきはおざなりに済まされた口づけが落とされる。色のこもったそれに、娘に向けるものとはまた違う感情がこみ上げてあふれていく。
「寒くなくたってこうするくせに」
「正解」
そうして見事言い当てたわたしに、ご褒美と言わんばかりにくちびるが降ってきた。
(少しも寒くないわ、だってあなたがいるから)
ママにはエルサの魔法が感じ取れたらいい。
2016.3.26