結局いつもと変わりない、だって、
綺麗に剃れた口元をぐるり、指先でなぞる。我ながら完璧ね。自画自賛を送って一歩、引いた場所から見えた彼に瞬間、息を呑んだ。
「イデュナ…? もう終わったのか?」
どこか不安そうに声を洩らしたその人が閉じていたまぶたを押し上げる。浅葱色の眸が覗く。色なんて変わるはずもないのに、どこか昔に見た色と同じそれな気がして。そう、彼とはじめて出逢ったあの頃とまったく変わらない、どこまでも広がる色。
いつまで経っても言葉を返さないわたしの跡を辿るみたいに、自身のあごに触れて、ふむ、納得したような声を上げる、それさえも普段よりいくつも高い調子に聞こえた。
「どうかな、イデュナ」
「─…とても、若く見えるわよ」
「ふむ。五つは若返った気がする」
冗談めかして肩を竦めるその仕草が不釣り合いなほどに幼く見えることにきっと、彼は気付いていない。十か、それよりも更に巻き戻るか。とにもかくにも、とても一国を治めている主の姿には見えなかった。
両頬を包み込んでそっと上向かせる。座った体勢のまま見上げてきた少年とも呼ぶべき夫は眸にあどけなささえ乗せて首を傾げてみせた。
彼はきっと、ともすれば子供にも見える自身をずっと押し隠してきたのだ。若くして即位したその時から年不相応なまでに自分を殺してきたがばかりに、こんなにも少年が残ってしまったのだ、きっと。探るでもなく行き着いた結論に、いとおしさがこみ上げないわけがない。すべてはわたしを、家族を守るためだとわかっているから。それが彼の強さであり誓いなのだと知っているから。
対して状況が呑み込めていない少年のくちびるをふと奪う、ほのかにシェービング剤のにおいがした。
「なんだかお姉さんになった気分」
「む。私が子供だと言いたいのか」
「そうではないけど、」
言い募ろうとしたくちびるを逆に塞がれる。わたしが贈ったものとはまた意味の違う、深さが増したそれに呼吸が混ざり合う。そうしてわずかに距離を空けた少年はにやり、似つかわしくない悪戯な笑みを向けてくる。
「果たして子供がこんなことをするかな?」
「…もう。わかったわよ」
「ならばよろしい」
見事答えを言い当てた教え子を褒めるように笑みを深めて。伸びてきた両腕がわたしを引き込もうとしてくる、彼の時間へと。
「なにがおかしいんだい?」
「いいえ、」
あなたはいつだってあなただってことよ。言葉は口づけに託した。
(だけどあなただけ若返るっていうのもなんだか癪ね)
(そうだな…昔私が贈った下着を身に付けてくれたらあるいは、)
(却下)
あなたはあなたのままだもの。
2016.4.12