たとえばあなたと出逢えた朝に。

 視界を開いて一瞬。息が混ざるほど近くまで迫った顔にも大分慣れ、 「うう、ん…イデュナ…」  訂正。慣れるはずがない。寝言で名前をつぶやくなんて反則よ。子供みたいに頬をふくらませてみたって、まぶたを閉じたままの夫に伝わるはずもなくて。  おだやかな眉間をそっと押せば、じわりじわりと寄っていって、そうして困り眉の出来上がり。勝手に送った仕返しに一人、笑う。この表情の方がなんだかこの人には合っている気がする、なぜだかわからないけれど。  陽の差し込み具合から、そろそろ起きて支度をしなければならない時間だってことはわかる。わかるのだけれど、身体を起こそうにもがっちりホールドされていて、寝返りさえ打てない状態になっていた。動こうとしたら、引き寄せられて余計に近付いてしまう。  ああもう、なんて心臓に悪い顔なの。  もう一度眉間を押さえてしまいたいのに、胸に手を添えたままびくともしなくなってしまって。なにも出来ないわたしはただただ熱を帯びていく頬を自覚するばかり。  息がかかる。鼻が触れ合う。意外と長いまつげがふるふる揺れて、 「………アグナル」  ぴくり、口ひげが震えた。 「…起きているんですか」  尋ねなくたって、途端に染まり始めた頬を見ればわかることだった。きっと意識が覚醒してきて急に恥ずかしくなってきたでしょうに、腕の力は一向に弱まらない。  恥ずかしがるくらいなら離してくれたらいいのに、なんて心にもないことをつぶやけば、もう少しこのままでいたいのだと、眸を隠したままぼそりと返ってきた。  いつもそう、わたしが欲しい言葉をやさしく落としてくれるのだ、この人は。 「でももう起きないと」 「もう少しだけなら大丈夫だろう」 「もう。いつもそうやって、」 「少し、」  言葉が、呑み込まれた。  いつもより深く重ねられたくちびるはけれどすぐに離れてしまって。ぬくもりと、それから少し荒れたくちびるの感触だけが残される。 「…黙っていてくれないか」  尻すぼみになった言葉はわたしの髪の中に消えていった。いくら染まりきった頬を隠すためとはいえ、人の髪に顔をうずめるのはやめてほしい、こっちまで熱が伝播してきてしまうのに。 「…もう」  本当は文句の一つや二つ返したかったのだけれど、のどに留めておいた。これ以上は熱が洩れてしまいそうだから。  否応なしに与えられる体温をお返ししたくて、首元にすり寄る。 「もう少しだけ、ですよ」  きっとカイかゲルダあたりに怒られてしまうわね。  そんな未来を想像しながらもゆるんでしまう頬は抑えられなくて、心の中で謝罪を一つ、まぶたを閉じた。 (いつも、いつだって、傍にいてくれるから)
 新婚ほやほや。  2014.9.3