見られてますよ、アグナルさん
「パパばっかりずるい!」
はるか下方から届いた声に驚いて距離を置く。ぐるり、視線を巡らせてみれば、頬をこれでもかとふくらませた娘が見上げてきていた。妹に比べればわがままの少ないエルサのこんな表情も珍しい。
目の高さを合わせてやわらかな頬を触れば、いや、と無下にも顔を逸らされてしまった。これは俗にいう、反抗期だろうか。パパと一緒にお風呂に入りたくないだとか、パパと同じベッドで寝たくないだとか、そういった父親限定の拒絶行為なのだろうか。そんな、あまりにも早すぎるだろう、だってエルサはまだ五つを数えたばかり、これからが可愛い盛りだというのに。
打ちひしがれる私を端に、同じく屈んだイデュナは動揺を母の顔の裏に隠し微笑む。
「なにがずるいと思ったの」
「だって、パパにばっかりちゅーして」
それはそれは悔しそうに落とされた声に肝が冷える。まさか先ほどの全てを見られていたのだろうか、彼女との一部始終を。二人ともいないことをしっかりと確認したはずなのに。
動揺の果てに遂には動悸までし始めた私に更に追い打ちをかけるように、小さな娘は言葉を続ける。
「何回もしてるし。長いし。すごくうれしそうだし、パパ」
そんなに表情に出ているのか。国王たるもの、自身の感情は押し隠さなければいけないというのに、なんたること。
頭を抱えてみても出てしまっているものを今更変えることも出来ず。イデュナはふわりと微笑む、というかなぜそう平然としていられるのだ。
「それはね、パパがとっても甘えんぼさんだからよ」
「あまえんぼなの?パパなのに?」
「パパだって甘えたい時があるのよ」
「じゃあエルサもあまえんぼになるー!」
途端に母親へと抱き付くエルサの頬に、額に、口づけを降らせていく、もちろん親子のそれであるが。私もと近付いてみれば、パパはいいですと娘になぜか敬語で断られてしまい、余計に心の傷が増える。髭か、髭が刺さるのが嫌なのか。
沈む私などやはり気にも留めず、娘は満足したように笑顔でどこかへ走り去っていった。見送る妻もまたどこか嬉しそうで、
「…私は、甘えたがりなのか」
「あら、今更ですか」
「国王がこんな有様では…」
「国王や父親である前に私の夫でしょう、あなたは」
悪戯に微笑んだ彼女に敵うはずもない。諦めて息を一つ。
「今度からは部屋でしよう」
「我慢できるんです?」
「─…無理、かもな」
今度こそ周りに誰もいないことを確認して、妻のくちびるに狙いを定めた。
(エルサエルサ、パパとママが、)
(しーっ、パパはいま、あまえんぼさんなの)
パパとママと時々エルサ。
2015.7.24