Do the magicのその後に。
(ゲルダ以外のセリフは全部方言)
「エルサ様! アナ様!」
ゲルダの声が廊下にこだまする。滅多に声を荒げることのない彼女がこうして大声を上げる時といえば、国王である夫が公務を放り出して子供たちにかまけている場合か、それとも、
『にげろー!』
二つ重なった歓声が駆けてくる。ため息を一つ、予想はしていたけれど。
扉を開けて廊下に姿を現せば、タイミング良く部屋に帰ってきた娘たちが急停止、途端にバツが悪そうに俯いたのはエルサ、そんな姉にきょとんと首を傾げたのはアナ。
「で? 今日はなにしたん?」
「湯で、氷遊びを」
「ちょっとだけじゃけ!」
「お湯で遊んだらいけんて、ママ言わんかったかいね?」
追い付いてきたゲルダの息切れした言葉に追随したのは妹の方。姉はといえば、これから落ちてくる雷を予知しているのか頭から被ったタオルに顔を隠してしまっていた。
アナが湯船の底に足が着くほど大きくなってからは、わたしが一緒に入ったげるけえ、と姉心いっぱいに立候補してきたエルサに湯浴みを任せていた。決して、決して湯を減らすようなことはしないようにと、それだけは何度も釘を刺して。遊びたがりの年頃だ、守られたことは少ないけれど。
「どしたん、イデュナ」
「エルサとアナがまたお湯で遊んだんて」
「元気なのはいいことじゃろが」
「じゃけどまだ入っとらんよ、わたしら」
背後から顔を覗かせたアグナルが理由を聞いてだらしないほど頬をゆるませ、けれどすぐに事実を思い出し固まってしまった。そう、わたしたちはまだ湯浴みを終えていない。アレンデールの冬は厳しいのだ、あたたかい湯に身体を沈ませなければ夜を乗り切れそうもなかった。
ゲルダが申し訳なさを表情に乗せて頭を下げる。
「すぐに焚きますが、少々お時間を頂くことに…」
「ああ、いや、焚かんでええよ、ゲルダ」
断りを入れたのは、それまで眉を寄せていた夫だった。
もう一度振り返れば悲しそうに曇っていた表情の影もなく、わたしにちらと視線を向けてにこり、というより、にやり、悪戯に笑む。続く言葉は大体想像がついていて、思わずため息が洩れた。
***
「─…しかし、どうにかならんのかね、これ…」
「そうじゃねえ…」
煙が湯から、肌から、立ち昇っては空中に留まっている氷の粒に吸い込まれ、水滴となって落ちていく。いたるところに浮かんでいる氷の粒なんて、現実では到底ありえないことだけれどきっと、エルサたちの遊びの名残なのだろう。娘はよくこうして、湯を飛ばして凍らせるのだ、妹が喜ぶことを知っているから。
楽しんでいるのはなによりだけれど、そのために湯が減ってしまうのはいただけない。いまだってこうしてアグナルと一緒に湯船に浸かることでかさを増やそうとしても、どう頑張っても半身浴にしかならなかった。本当は肩まで浸りたかったところだけれど、すでにのぼせた頭はこれでもええじゃろと妥協してしまっている。
湯船の縁にあごを乗せて、腕を思いきり前に伸ばす。
むう、と。ふくれたアグナルがふと身体を動かして、湯がぱしゃりと音を立てる。次いで背中から肩に回されたぬくもりにまた、思考がふわりとまどろみに包まれていくようだった。抱きしめられたのだと、認識するには脳が働いてなさすぎた。
「こうすればあったかいじゃろ」
「んー…、腕も寒いけ、あっためて」
「たわんて」
苦笑交じりに降ってくる声さえあたたかくて、やさしさに任せて目を閉じた。寝たらいけんて、と。かけられた言葉をもう少しだけ無視して。
(たまにはええじゃろ、こういう日も)
方言ってかわいい人が喋るからかわいいよね。
2016.1.16