じっくり、ゆっくり、これから、君と。
それはとても背徳的な光景だった。
「ね、あなた…、きもち、い?」
広げた両足の隙間に身体を潜り込ませた妻がふと顔を上げ、不安そうに表情を落とす。訊ねながらも小さな両手は私の熱源を優しく包み込んだまま。顔を覗き込んできた彼女の手が、揺れて、また、走った甘い刺激に眉を寄せる。
そもそもの始まりはなんだったのかと問われれば、大仰に包帯の巻かれたこの左足のせいだろう。
落馬したイデュナを抱き留めた際に馬に蹴られたのだが、骨を一本折っただけで済んだのは幸いだった。大丈夫だと笑ってみせるのにそれでも、自分のせいだと雫を溜める妻に、君と夜を過ごせないのだけは残念だが、と。少しでも微笑んでくれるよう、冗談めかして。
「ぐ、…は、ぁ、」
意識が引き戻される。再び口に含まれたそれが生温かい粘液に包まれ、脈打ち始める。
わたしがします、と、言ったのだ、彼女は。こんな娼婦のような真似はさせたこともないのに、涙を追いやった妻は聞く耳を持ってはくれず。足を伸ばして座る私に向かって、せめてもの慰めを、と。
拙い舌先が根本からゆるりと這い上がり、先端からあふれた雫を舐め取る。上下にやんわりと擦り上げながらちうと吸われてしまえばそれだけで、理性が脆くも崩れていってしまいそうだ。達するまでの刺激には至らないはずなのに、他でもない彼女に触れられている、ただそれだけで。
「イ、デュナ、もういい、もういいから、」
「でも…、くるしいでしょ、わたしのせいで」
するり。撫で上げられ、喉が震える。呑み込んだはずの音が嚥下しきれず、噛み締めたくちびるの端からこぼれていく。隠しきれなかったその反応を、果たして彼女はどう受け取ったのか。手を離そうともせず腰を上げた姿を見るに恐らく、そのままの意味で捉えてしまったのだろう。
空いた片手で胸板に触れて。
「─…ごめんなさい、本当に」
何に対しての謝罪なのか、問いたださなくとも分かっていた。私が馬を避けきれなかっただけなのに、彼女に傷一つ負わせたくなかっただけであるのに。いつだって彼女は、負い目を感じてしまう、自分を責めてしまう。
胸を離れた右手が腰に据えられ、息を一つ。
先端が触れたそこは、湿り気さえ帯びていなかった。
「イデュナ、やめ、」
制止の声を最後まで紡ぐより早く、一気に衝撃が駆け抜けた。目の前がちかちかとまたたく。遠のく意識をなんとか捕まえ、頭を振る。シーツを握り締める。なんとか正気は保っていられそうだ。
俯いた妻の前髪の隙間から、苦悶に歪んだ眉が覗く。右手を伸ばし汗で張り付いた髪を整えればようやく、視線を持ち上げて。
にこりと、笑ってみせたのだ。
「っ、や、ぁ、だめ…っ」
すべてをその微笑みの裏に隠し動こうとするイデュナの手首を掴み、無理に引き寄せる。左足に鈍い痛みが広がるが、気にしている余裕はない。
倒れ込んできた身体を抱き留め、くちびるを奪い去った。やわらかなそれが珍しく抵抗を示す。後頭部を押さえ、奥へ、奥へ。強情にも噛み締められた歯の隙間に舌をねじ込み、動きを強要する。
手首を解放したその指を胸に這わせれば、びくりと目の前の肩が震えた。控えめな突起を指先で抓み、引っ掻く。重なったくちびるからくぐもった声が洩れる。
よほど距離を置きたいのだろう、胸板に添えられた両手が押し返してくるが、繋がった状態では思うように力が入らないようだ。
腰へ、腹へと指先で辿り、そうして浅い茂みに触れればまた、腕の内に抱いた身体が揺れる。
くちびるを解放する。たどたどしい息がこぼれて、拾い集めて。紅よりもさらに深く染まった頬は、この暗がりにもよく映えていた。
「わたし、は…いい、から」
「断る」
「あ、や、やだっ、」
潜んだ花芯をやわく擦れば、語尾が高く掠れていった。軽く摘めばひうと音が洩れて、弾けばきゅうと締め付けられて。
幾分滑りの良くなった頃合いを見計らい、ぐ、と腰を押し上げた。抜けかけた重圧に再び貫かれた彼女の身体が跳ね、けれど細められた眸にもう先ほどまでの痛みは見受けられず。
可能な限り、下から押し進めていく。もはや限界はとうに過ぎていたが、それでも彼女がどうか痛み以外を感じてくれますようにと。
「アグナ、ル、ぁ、あっ、」
圧迫感に合わせ、欲望を留めていた枷を取り払った。
視界が白く染まったのは一瞬、だが永遠にも感じられるそれに、浮かせていた背を壁に落ち着ける。無理な体勢で動いたせいか左足はじくじくと今まで以上に存在を主張していた。恐らく予定より幾らか長い間この包帯にお世話になることになろうが、仕方あるまい。
そうこう考えているうちに、肩に額を預けていたイデュナが緩慢に上体を起こした。水面色の眸から流れる大粒の雫が、灯りに反射してきらきら光を放つ。
「え、あ、す、すまない、やはり痛かったか」
「そう、じゃ、なくて、」
だって、と。子供みたいにしゃくり上げながら、まだ少女を残した彼女は続ける。
あなたを傷付けることしかできないわたしが役に立てることといったらこれしか浮かばなかったからと、せめて慰み程度にはなりたかったからと、結局あなたに気を遣わせるばかりの浅ましいわたしをどうか許してください、と。
許すも何もないというのに。私の想いを知らない少女にただただ、いとおしさしかこみ上げてこなくて。
「─…君という人は、」
声さえ我慢しようとくちびるを噛み締めた妻をやさしく包み込む。
今すぐにとは言わない、恐ろしく自信を持たない彼女はきっと否定してしまうだろうから。ゆっくりと、これから。私たちにはまだたくさん時間があるのだから。
「──あいしているよ、イデュナ」
囁けば、ふるりと。あたたかな雫が肩に触れた。
(私は君から、いとおしさしかもらっていないんだよ、イデュナ)
まだ結婚したての頃。
2016.10.18