いつからかと問われれば、君と出逢った瞬間からだと、
笑顔を保っているのももう限界だった。頬が引き攣っていることが自分でさえ分かるのだから、傍から見れば滑稽そのものだろう。いい加減辞退してすぐにでも帰国したいというのに、傍らに控えているカイがそれを許してくれない。隙を見て下がろうとする私の服を捕らえ、もう三日の辛抱ですからと耳打ちする。
そもそも単なる婚約報告だというのに何故、私たち客人がこんなにも長期滞在せねばならないのか。最大の理由は、この場所が海を隔ててアレンデールの隣国にあたるからである。ここで盛大に祝い、共に更なる発展へ、とかまあそんなところだ。
しかし宴が始まって一週間が経過した。次期国王の顔を窺えば、笑顔の裏に疲労が見え隠れしている。客である私も帰りたがっているのだから、そうまでして続けなくてもいいだろうに。
ああ、叶うなら早く帰国したい。この国はアレンデールと比べやけに暑い。
それにやはり、我が妻が恋しいのだ。
国王と王妃、二人ともが一週間以上国を空けるわけにはいかないからと、イデュナに留守番を任せたが、やはり連れ立ってくればよかった。心配なんていらないわよ、と。笑顔を送る彼女の手を掴みそのまま船に乗せてしまえばよかったのだ。
結婚してこの方、こんなにも長い間距離を置いたことがなかったから、恋しさと寂しさは余計に募り。
「──やっぱり、」
やはり王子に断りを入れて帰ろうと振り向いたところで、むに、と。頬を無遠慮につねられた。
覚えのある声に視線を下げる。思い浮かべた通り、その声の持ち主は誰であろう件の妻だった。思い浮かべはしたがしかし予想していなかった登場に何度もまたたきを繰り返す私の両頬をつまみ、上へと引っ張り上げる、まるで笑みでも形作るように。
「表情に出やすいのよ、あなた」
「イ、イデュナ、どうして、」
「このせいよ」
解放された頬を押さえつつ疑問をそのまま言葉にすれば、呆れた、ともすれば安堵した風の微笑みを浮かべたイデュナは事の経緯を説明する。
私が国を経って数日後に手紙が届いた。差出人は今まさに祝いの言葉をかけられている次期王妃。何事かと恐る恐る開封してみれば、どうにもアグナル国王のご機嫌がよろしくないのだと。その文面から事情を察したイデュナは残っていた仕事を手際よく片付け、つい先程到着したのだという。
どうやらここの次期王妃は、イデュナと文をやり取りする仲であったらしいということを、今初めて知ったわけだが。
「どうせ、わたしに会えなくて寂しいとか早く顔が見たいとか、そんなことでしょ」
「そんなこととは心外な。私にとって死活問題なんだぞ」
「想ってくださるのは嬉しいですが、場を弁えてください」
あなたはアレンデールの国王なんですよと窘められてしまえばそれ以上なにを言えるはずもなく。ぐ、と。押し黙るも、それでも言い訳がしたくて性懲りもなく口を開く。
会いたかったのだ、どうしても。幸せそうに笑う新婚夫婦を見ていると、無性に顔を見たくて仕方がなくなったのだ。私にだけ向けられる特別な笑顔を、求めてしまったのだ。
ああしかし、確かに彼女の言う通り、国王としては失格だろう、当の主催者に悟られてしまうなど。後で詫びを入れなければ、もちろん、イデュナと共に。
じっと私の顔を見上げてきていたイデュナはやがて、小さく苦笑を浮かべる。仕方のない人、と。私にだけ聞こえるよう、呟いて。
「ほんと、分かりやすいんだから」
呆れ調子の言葉をつかれつつも腕を差し出せば、やさしく触れて、組んでくれる。
久方ぶりのぬくもりに綻んでいく頬を止められるはずもなく、そのまま息を合わせて足を踏み出すのだった。
(とどのつまり君に出逢ってからの私は、君がいないとだめなんだ)
アグナルさんはすぐ表情に出るといい。
2016.11.18