紅に勝利の旗を。
今年もこの季節がやってきた。
「…紅、だな」
「いいえ、今年も白です」
もうお馴染みの断言を口にすれば、こたつの向こう側に座るイデュナがこれまた去年と同じセリフと共にみかんを剥いた。
こうして家族揃ってこたつに集い、年末恒例の番組を見ながら紅白どちらが優勝するか賭けるのが、夫婦の一年最後の行事となっていた。
別に紅組に思い入れがあるわけでも、好きなアーティストが出ているわけでもない。ただ妻が、白い衣装を纏った若い男性アーティストにうつつを抜かし黄色い声を上げるものだからつい、ならば私は紅をと。それが始まりだった気がする。
賭け事は毎年異なるが、ここ数年ずっと紅組、つまり私が負け越している気がする。妻に言われるまま、去年は家族で海外旅行、一昨年はトナカイだったか。
今年は白組が勝てばマッサージチェアを買わされ、紅組が勝てば妻が一日なんでも私の頼みを聞き入れる、というものだ。今回こそ賭けに勝ち、毎年変わらぬ私の願いを叶えてみせたいものだが、何故だか勝てそうにない。
「悪いけど、今年もわたしが勝っちゃいそうですね」
「いいやまだ…、まだ分からないぞ」
「お父様ったら毎年のことながら諦めが悪いのね」
長女のエルサがみかんを一粒ずつ食べながらそんなことを言う。
諦めが悪いとは失礼な、まだ集計は終わっていないじゃないか。確かに、テレビの中では白を灯したペンライトが目立つが、まだ視聴者投票が残っている。もしかすると、もしかするではないか。そう次女に同意を求めようとするも、机に頬をくっつけたアナはそのまま眠ってしまっていた。
そうしてじわじわと敗戦ムードが漂う中、ドラムロールが流れてくる。勝利を確信したイデュナと拳を握りしめた私と相変わらずみかんを食べているエルサとで見守り、遂に表示された結果は。
「─…あか?」
「ねえアグナル、もしかしてこのテレビ壊れて、」
「紅だ! 紅組が優勝したぞ!」
「んん…? 終わったの?」
動揺するイデュナの目の前で思いきりガッツポーズをしてみせる。私の歓声で娘を起こしてしまったのは申し訳ないが、数年振りの勝利なのだ、大目に見てほしい。
まだ信じられないといった風にテレビを凝視している妻の手を掴み、隣の部屋へと引きずっていく。
「明日一日。なんでも言うことを聞くと、そういう約束だったな」
「え、ええ、そうね」
なにを言われるのかと身体を固めているイデュナに顔を寄せ、数年分の願いを。
明日ふたりきりで過ごしたいのだ、と。一度、二度、またたいた妻はそれでも理解できなかった風に首を傾げる。
「…それだけ?」
「私たちは構わないわよ、こっちもふたりで過ごすから」
こっそり聞いていたのだろう、顔を覗かせた娘たちが微笑ましそうに見つめつつ助け舟を出してくれた。ならばその言葉に甘えようじゃないか。
イデュナに視線を移せば、もう一度またたきをした後、ゆるりと笑みを浮かべ、負けたから仕方ないわね、だなんて。
「明日は良い日になりそうだ」
確信に笑みが深まっていく。ふたりの目を盗み、口づけを送り合った。
(明日ばかりは私以外の男を見つめないようにと)
わたしは某歌合戦派です。
2016.12.30