はじまりの場所で終わりのキスを。

「私じゃあだめなんだよ、イデュナ」  そんなことないわ、あなた。わたしはあなたじゃなきゃだめだった、あなたの隣にしかわたしのしあわせはなかった。仮にあなたと出逢っていなかったとして、それはもうわたしではなかったもの。結婚していたかもしれない、かわいい子供を授かっていたかもしれない、無事に天寿を全うしていたかもしれない。ずっと笑って、家族仲良く暮らしていたかもしれない。けれどそれは、わたしではないの。そこで微笑んでいるわたしは、わたしではないのよ、アグナル。  わたしはあなたと出逢って見つけることができた、あなたの傍にいられることのしあわせを見つけることができた。少し背の高いあなたにあいしてると囁いて、赤く染まった頬に口づけて、くちびるを重ねてくれたあなたをよくできましたと褒めて。これ以上のしあわせがどこにあると言うの、あなた以外の人がどこにいると言うのよ。 「私は君をずっと、ずっとしあわせにすると誓ったのに」  ええ、誓ってくれた通り、わたしはしあわせだったの、最期のさいごの瞬間まで。だってあなたはさいごまで手を握っていてくれたわ、かたかたと、寒さ以外のことで震えるわたしの指を絡めて、大丈夫だと、片時も視線を外すことなく。あの視線にどれだけ助けられたと思っているの。あなたと誓い合ってよかったと、あなたと出逢ってよかったと、どれだけ感謝したと思っているのよ。  ねえあなた、教会は懺悔するだけの場所ではないわ。それに、ここでわたしとしたことは懺悔ではなかったでしょ。もう一度、ねえ、さいごに一度だけ、誓いを。あの日と同じ言葉を、お願い。 「─…私アグナルは、妻イデュナをしあわせにすることを、」  病めるときも、健やかなるときも、どんなときだって、 「しあわせにする、ことを。誓うよ、イデュナ」  ああほら、泣き虫なのは相変わらずなのね。あなたの涙を拭ってあげるのは、これまでも、これからも、わたしだけだから。だからそんなになかないで、あなたが見えなくなってしまうから。  ほら、誓いの口づけだってこんなに、しょっぱいわ。  *** 「どうしたの、エルサ」  呼びかけられてふと、我に返る。  いま確かに、祭壇の前に誰かいたはずなのに。懐かしい誰かたちが寄り添っていたはずなのに、目を擦ってみてもまたたきをしてみても、誰かがいるはずもなくて。  疲れているのかしら。そういえば最近よく夢も見ている、昔の夢を。もしかするとその夢の住人がここを訪れていたのかもしれない、なんて。 「─…いいえ、なんでもないわ、アナ」  踵を返し、妹の手を取れば、彼女はふうわりと、まるで夢のその人たちのように笑った。  懺悔はまだ半ばだけれど、もうこれ以上はやめようと、なぜだかそう思えたから。向かうははじめて足を運ぶその場所。懐かしい誰かたちの眠る、あの丘へ。  いってらっしゃい、エルサ。  誰かたちの声が聞こえた気が、した。 (ねえ、エルサ) (ん、) (いま、パパとママがいた気がするの)
 罪なんて最初からなかったのだから、  2017.2.20