気付いているのだろうな、なにもかも。
女性の肌を見るのは生まれて初めてだった。
「や、消して…っ」
燭台へと伸びた手の首を取り、胸元へ無理に引き寄せる。非難するように見上げてきた水面色の眸が、炎によって揺らめく、その色さえ、いまは情欲を煽る材料にしかならなかった。
空いた片手でどうにか鎖骨を露わにし、まっさらなその場所へ喰らいつく。汗が滲んだそこを一舐め、ひくりと震えた身体にやわく歯を立て、きつく吸い立てる。何故だか甘く感じるのはやはり、何年も求めていた想い人の肌だからだろうか。どこもかしこも甘く、やわらかく、そして私と同じくらいの熱を持っている。
ふ、と。口を離せば、谷間のすぐ横あたりに咲いた紅が炎にぬらぬらと照らされた。指先でなぞっていると、痕が残ったことを察したのか、捕らえたままの腕に力がこもる。
「つけないで、って言ったのに…!」
「大丈夫だ、問題ない」
「あなたは問題ないでしょうけど、っ、」
また回り始めた口を遮りたくて、右手で下へ下へと辿っていけば思惑通り、言葉尻が跳ね声が止む。その音に別の色を加えたくて下着を弄るも、どう脱がせば良いのやらまるで見当がつかない。女性の衣服というのはどうしてこう、複雑怪奇に作られているのだろうか。少しははだく側の気持ちも考えてほしい。
けれどそれを悟られるわけにはいかない。格好悪すぎるではないか、非常に。ただでさえ六つも年上の彼女には普段、子供扱いされている節があるのだから、こういう時に自身の無知さを出したら元も子もない。
脱がすのを諦め、布を横にずらし恐る恐る指を差し入れる。ぬるり、熱を孕んだ潤いが、指先に触れた。
「ぁ、」
高く上がった音を聞く限り、間違えてはいないのだろう。指を押し進めれば、包み込んでくる熱にともすればとかされてしまいそうになる。浅い部分で指先を折り曲げて、奥へと入り込んで、かき回して。一つ一つを丹念に。彼女がどこで反応を示すのか、どこが一番、感じてくれるのか、それが知りたくて。
だというのにイデュナは顔を逸らし、片手で顔を覆ってしまう。
「見えないじゃないか」
「見えなくていいの」
「私は見たいんだ」
「私は見られたくないの!」
指の隙間から覗く頬が真っ赤に染まっている。必死に抵抗するその様子もかわいいが、それよりも私はもっと、彼女を見つめていたかった。恥ずかしさに揺れる眸を、頬を、くちびるを、そのすべてを収めたかった。
指を引き抜けば、名残惜しそうにひくりと喉が鳴る。けれど続いて宛がった熱量に、顔を隠すことも忘れたイデュナがじ、とこちらを見上げてきた。やめてほしいと拒絶してくるのかもしれない、または優しくしてほしいと懇願してくるのかもしれない。そのどちらとも、いまは叶えることが出来そうにないけれど。
「──イデュナ、」
囁きは耳元に。どうか痛みばかりを感じてしまいませんようにと、それだけを願いながら、深く深く貫いた。息を呑み込む音とともに、真っ白なのどが反る。シーツを握り締める手が白く染まっていくものだから、見ていられなくて指で絡め取った。
私も私で彼女の心配ばかりをしていられるはずもなく、とかされそうになる理性を必死でかき集めなければすぐにでも果ててしまいそうだった。お互いに指を絡ませ合い、瞬間の衝撃に耐える。
どうにか気を紛らわせたくて、眼下に見える肌すべてに口づけていく。けれどいくつか華が散ったところで、額をぐいと押さえられてしまった。見れば眸にいっぱいの雫を湛えたイデュナが、頬をわずかにふくらませ、もう、と。
「灯りも消してくれないし、痕つけちゃうし、ちゃんと脱がしてくれないし…あなたって人は…」
「あ、その、…すまない」
「でも、」
どうやら呆れているか怒っているか、それともそのどちらともを向けてきている彼女はけれど、ふわり、微笑んだ。首を起こした勢いのまま、くちびるに触れてくる、やわらかなリップ音を残して。
「そんなあなたを好きになっちゃったのよね、わたし」
──灯りを落とさないのはいとおしい君の顔をよく見ていたいからで、痕をつけるのは私よりももっとずっと立派な大人たちに奪われてしまわないようにするためだと。いつでもいい、どうかどうか、気付いてくれますように。
やさしく迎え入れてくれるくちびるに、口づけを一つ。
「…私もだよ、イデュナ、好きになってしまったんだ、君を」
ふうわり、笑った君はきっと、
(ところで、そろそろ動いても、)
(まって)
(しかしもう限界なのだが)
(まって)
イデュナさん(25)とアグナルさん(19)のはじめての夜。
2017.3.15