君に似たんだよと、あなたならそう言うんでしょうね。

「あーかちゃん」  楽しそうな声がおなかを通して響いてくる。おなかにぴたりと右頬をつけたエルサは、その小さな手をまるで守ろうとでもしているみたいに回してきている。  またたきを一つ、二つ、三つ、段々とまぶたの開く間隔が長くなってきているから、その眸が窺えなくなるのも時間の問題だろう。きっとおなかのぬくもりが心地良くて、眠りに誘われているに違いない。  エルサの身体ほど大きくふくらんだおなかを撫で、ふわあ、とかわいらしい欠伸。 「さっきからぽこぽこしてるね」 「きっとエルサに挨拶してるのよ、おやすみ、って」 「そっかあ、あかちゃんえらいね」  感心したように呟くその言葉の語尾が少し掠れている。今夜は絵本を読み聞かせる前に寝てしまいそうだ。そろそろ公務を終えるであろう夫に、部屋まで運んでもらうよう頼むことにしよう。  そんなことを考えている間に、ぽんぽんと、まるで寝かしつけるようにおなかを撫でてくる。うーんと首を捻り、ねえママ、と。 「おとこのこかな、おんなのこかな」 「そうねえ…、エルサは弟と妹、どっちが嬉しい?」 「弟!」  途端、ぱあと目を輝かしたエルサはこちらを見上げ、その頬をいっぱいにゆるめ答える、一緒に遊ぶのだと。庭で一番高い木に登って、秘密基地を作って。たくさん降らした雪で雪だるまを作るのもいいかもしれない、スケートも、ぜんぶぜんぶ、したいことはぜんぶ。  すぐそこの夢を語る娘の声がやがて遠ざかり、しばしの静寂、そうしてやわらかな寝息が聞こえ始めた。どうやらついに眠気に負けてしまったようだ。へにゃりと垂れた前髪を分け、おやすみ、と。きっと届いてはいないでしょうけれど。 「ああ、やっぱりここにいたのか」 「お疲れさま、アグナル」 「ただいま、イデュナ」  ちょうどいいタイミングで扉を抜けてきた夫がベッドに近付き、くちびるにキスを一つ、それからおなかの上で夢を泳いでいる娘の額にも同じものを。言葉振りから察するにきっと、この子の部屋を一度訪れたのだろう。  わたしとアグナルの寝室に足を向け、あかちゃんにはまだ会えないのかとおなかを撫でるのが、最近のエルサの日課となっていた。そんなに毎日確認しなくてもすぐには生まれないのよと諭しても、一番に会いたいのとそればかり。だってエルサはおねえちゃんだから、なんて。どこかしっかりしてきたのも、兄弟を待ち遠しく思う気持ちからかもしれない。わたしのおなかを抱えて眠る姿はまだほんの子供でしかないのに。きっとこうして知らないうちに成長していってしまうのだと、少し、さみしいけれど。 「じゃあ部屋に連れていくよ」 「毛布をかけてあげてね、それから、」 「ぬいぐるみ。ちゃんと分かっているよ」  微笑んだアグナルが、娘を起こしてしまわないよう抱き上げる。  けれどその時、ぱちりと目を覚ましたエルサが眉をしかめた。これは泣き出す前触れ。こわい夢でも見てしまったのだろうか、それともアグナルの抱き方が気に食わなかったのだろうか。後者は本人も思い浮かべたようで、わたしの方にいまにも泣き出しそうな表情を向けてくるけれど、大人は後回し。  身体を起こし、エルサに目線を合わせれば、ごめんなさい、と。 「あのね、妹でもいっしょにあそぶからね、ごめんねあかちゃん」  言葉はわたしのおなかへ向けて。ごめんねごめんねと、ついには涙を浮かべてしまったエルサの背中を撫でる。 「大丈夫よ、エルサ。あかちゃんね、お姉ちゃんと遊べること、すごく喜んでるから」 「…ほんと?」 「本当に決まっているじゃないか」 「よかったあ」  ふにゃあと、安心したように顔をゆるめて。  この子はどこまでやさしいのだろう、まだ見ぬ家族のことをこんなにも想えるなんて。きっと夫に似たのかもしれない。誰にでも想いをかけ、自分のことのように悩んでしまう彼に。その不器用ささえ似てしまわないようにと、口に出せばふくれてしまうだろうから心の中でだけ。  どうやら落ち着いたらしい娘を抱き直し、扉に向かっていく。気がかりが無くなったからか、エルサは腕の中でもうまぶたを閉ざしてしまっていた。  ノブに手をかけたアグナルは、けれどなにかを思い出したのかこちらへと足を戻してきた。首を傾げるわたしの額に、さっき娘に送った口づけと同じものを一つ。 「すぐに戻ってくるから、いい子で待っているんだよ」 「…もう」  頬をふくらませるわたしに悪戯な笑みを投げかけ、今度こそ扉の向こうへと歩き去っていった。  わたしまで子供扱いしなくていいのに、と。ベッドに身体を横たえ浮かんだのはけれど子供染みた心だった。 (こういうところまで似なければいいんだけれど)
 あかちゃんって呼ぶエルサが書きたかっただけ。  2017.3.19