あるいは夏よりも熱い朝を。
あつい。
「あつい」
夏というのはなぜこんなにも暑いのだろうか。片を付けなければならない書類やらなにやらがきっと執務机に山積みされているというのに、そのどれもに向き合う気力さえ奪っていくほどの暑さ。
「ねえ」
別段夏が嫌いというわけではない。暑いからと薄着になる妻が―もちろん私以外の者に少しでも肌を晒すのは気が引けるが―毎日見られるのだから。なんて言おうものなら翌日から、見ているだけで汗をかきそうなほど厚着をしてきそうだから、胸の内に留めている。
「アグナル。ねえ、暑いわ」
「暑いな」
「なら離れてちょうだい」
「断る」
端的に口にされた願いを一言で却下し、再び首筋に顔を寄せる。
まだ陽が昇って間もないはずだが、その日差しによる気温上昇のせいで目が覚めてしまったのだ。夜の間に蹴り飛ばしてしまったのか、ブランケットの姿はベッド上のどこにも見えない。二度寝しようにも寝苦しく、身体を起こそうにもまだ眠っていたいのだとばかりの倦怠感に襲われ。
そういうわけで隣で眠る妻を抱きしめた、というわけだ。
「どういうわけなのか全くわからないわ」
呆れた妻の声が飛んでくる。背中越しだから表情は窺えないが、きっとじとりと眸を据えているに違いない。
つまりだ、私があまりの暑さに夢の世界に帰ることさえ叶わない中、同じ空間にいるはずの妻はすやすやとかわいらしい寝息を立てて眠っていたのだ。汗一つ浮かべていないその表情があんまりにも涼やかに見え、もしかすると彼女は体温が低いのかもしれない、などと。彼女には悪いが抱き枕にさせてもらえば、あるいはわたしにも安眠がもたらされるかもしれないと。
「だからって抱き付いたら暑いに決まってるでしょ」
「起こしてしまったこと、本当に申し訳ないと思っているよ」
「申し訳なく思ってるなら早く離れて、」
「断る」
「意味がわからないわ」
はあ、とため息が一つ。
彼女の言い分ももっともだが、こんな暑さごときで離れるわけにはいかないのだ。こうしてゆっくり横になったのも、彼女のにおいを吸い込むのも、やわらかな身体をこの腕に収めるのも久方ぶりのことなのだから。
まっさらな首につと浮かんだ汗の玉を一舐め、びくりと、抱えた身体が反応を示す。かわいらしい挙動に深まった笑みはきっと、彼女にも伝わったはず。
熱が上昇してくる、これは期待から。あるいは涼やかな彼女さえも私の体温を共有してくれたらと。
「イデュナ、」
彼女が首を巡らせたのと、私が口づけを落としたのは同時だった。
(もう! あなたのせいで公務前に湯浴みしなくちゃいけないじゃないの!)
(でも二回目を求めたのは君の方じゃ、)
(もう! もうもうもう!)
暑いとみんなばかになる。
2017.6.24