たくさんの愛をこめました。

 なんでこそこそと様子を窺っているのかと問われれば、彼の仕事の邪魔をしたくないからで。それならここに来なければいいのだろうけれど、わたしはどうしたって、これを彼に渡さなくてはならなくて。 「──それで。どうしたんだい、イデュナ」  扉の影に身を潜めていたはずなのに、いつの間にか気配を察していた彼が書類から顔を上げることなく言葉をかけてくる。びくりと震えた肩をそのままにそっと、執務室に足を踏み入れれば、机上でとんとんと束をまとめたアグナルがわたしの姿を見とめて微笑んだ。やっぱり君だったのか、とでも言うように。  わたしの存在に勘付いたのはついさっきのことか、それとも彼の隙を窺い始めたころからなのか。 「最初からだよ、イデュナ」 「え、」 「いつ声をかけてくれるかと待っていたのだが」  書類を片手に立ち上がった彼の言い草からしてきっと、十分も前から扉の前で思案していたわたしに気付いていたのだろう。恥ずかしさでかあと顔が熱を持っていく。わかっていたなら最初から呼び止めてくれたらよかったのに、なんて。少しばかり頬をふくらませてみれば、その反応さえ楽しんでいるみたいに笑みを深めるアグナル。  言葉にしなくたって、この人はなんだって見通してみせる。わたしがいま後ろ手に隠しているものも、もしかしたら。  きゅ、と。ゲルダに手伝ってもらってかわいらしく包装した小さな包みを握り直す。 「ああ、そういえば、」  手が、伸ばされる。けれどその逞しい腕が後ろに回されることはなかった。予想に反した行動に、閉ざしてしまっていた眸を開ける。彼の指は、肩に流したわたしの髪に――正確にいえば髪を結えたリボンに触れていた。  このリボンはつい先日、目の前のその人から贈られたもの。きっとよく似合うよなんて、どこか自信に満ちた言葉とともに。プレゼントした本人は、その色合いを確かめるみたいに眸を細め、やっぱりと笑う。 「君によく似合っている」  そういえば彼の前でつけるのは初めてかもしれない。どんな色であっても―たとえば似合っていなくとも―彼はたぶん、かわいいだの似合っているのだのと褒めてくれるのだろうけれど、それでも恥ずかしさ半分もったいなさ半分でなかなかお披露目することができなくて。  このリボンを留めてきてよかった。視界の端に映る赤に、それに触れる指に、いとおしそうに見つめる眸に。言い出す勇気をもらえたから。  息を、吸って。見上げれば、やさしい表情と出逢った。 「…あの、ね、アグナル、」  そうして差し出した包みの中には、わたしのリボンと同じ色のタイが一つ。きっとあなたなら、変わらない喜びをそのままに受け取ってくれる気がした。 (あなたの喜んでくれる顔がなによりもうれしくて、)
 某様に捧げたものでした。  2017.7.8