あのころの君を見ていました。
きれいな秋晴れだった。
どこまでも澄んだ空につられて窓を開け放つ。冷え切る前の心地良い風が、下ろしたままの髪をさらい、室内を満たしていく。
まぶたを閉じ、深く息を吸い込んで、吐いて。
たったそれだけで、身体の内にこもった熱が優しくとかされていくようだった。
空色を背負った鳥たちが、自由な曲を奏でながら飛び去っていく。
まだ目覚めるには早い時間だからだろう、眼下に望む街では人の姿があまり窺えない。
「─…む、…もう、朝か…?」
背後から聞こえた声に振り向けば、ちょうど夫が欠伸を噛み殺しもせず浮かべたところだった。
夢の中に戻っていこうとする目をこすって、けれど完全に目を覚ますには至らないのか眸は閉ざしたまま。その仕草がどことなく子供染みて映って。ばれてしまわないよう、ひっそり微笑む。
裸足の足音が、絨毯に吸い込まれていく。
ベッドに腰かければ、軋んだスプリングの音源を探るように彼が首を巡らした。
「まだ寝ていていいのよ」
ぴょんとあらぬ方向へ跳ねた前髪を撫でつつ、眠りの続きへと誘う。
昨日は随分と夜更かしをしていたらしい。夜も深まってきたころ、静かに潜り込んでくる気配だけは感じた。きっと久しぶりの休日を気兼ねなく満喫するため、遅くまで公務に取り組んでいたのだろう。
お疲れさまの意を込めて、昨夜は贈れなかった口づけを一つ。
薄く覗いた眸が、ふと、驚いたように丸まった。
「…イデュナ……?」
「なあに」
伸びてきた手が、わたしの頬を捕らえる。
そのまま後頭部まで移動した手のひらが引き寄せるのに任せれば、もう一度くちびるが触れて。
一つ、二つ。ついばみ方が、まるでままごとみたい。
ちくちくと当たる髭がくすぐったくて思わず笑っていたのも一瞬、ぐるりと反転する世界に、視界がまたたいた。
やわらかな枕が、頭を受け止めてくれている。
眼前には、もうすっかり目を覚ましたアグナルが、夢を見ていたんだ、と。
「昔の夢だ。私がまだ王子で、君がまだ少女に近かった頃の」
「あら、随分と懐かしいわね」
「だから。夢の続きかと、思った」
さらりと、髪を持ち上げて、毛先まで梳いて。
そういえば髪を固く結い上げ始めたのは結婚してからだった。それまでは流れるままに任せるか、ハーフアップにする程度だったけれど。
ゆるやかな髪に口づけた彼はそうして、ふわり、やっぱりまだ、覚醒しきっていないみたいに。
「夢の続きをしてもいいかい?」
「続き、ってちょっと、」
制止も聞かずネグリジェを暴いていく手を留めることはきっと、無理なのだろうけれど。
(続き、だなんて。一体どんな夢を見ていたのやら)
ハッピーな夫妻に飢えてる。
2017.10.12