求め愛、冬。

 まるで若造のようだと、嘲ってみてもこの欲が治まってくれるはずもなく。 「どうしたんですか、あなた」  肢体を持て余しているようにも見えたのだ。  娘を産んでからというもの、私の目の届かないところで相当な努力をしていたのだろうが、それでも妊娠時についた脂肪は完全には戻ることがなく。けれどそれが、彼女の身体を健康的で妖艶なものにしていた。  というのも今朝がた、ふと目覚めてみれば隣で眠っている妻がごろりと寝返りを打って。そうして覗いた谷間が、以前よりも深い気がして。  意識してしまえばもう風船がふくらむよりも早く欲が首を傾けてくる。妊娠中は完全に断ち切っていた反動だろうか、視線を逸らしても先にベッドを抜け出しきんと冷えた水で顔を洗っても拭うことができない。山と積まれた書類に打ちこもうが、なにかと部屋を訪れるイデュナから逃れようが、一度思い出してしまったそれが頭から離れようとしなかった。 「ねえ、どうしたっていうの。わたしの顔になにかついてる?」  要するに、久しぶりに重ねたくなったのだ、肌を。  夜もとっぷりと深まったころ寝室に足を向ければ、まだ起きていたイデュナがベッドに座り私の帰りを待っていた。今日一日あなたの様子がおかしかったからと、腕を組みじとりと見据えて。どうやら理由を明かすまで眠らせてはくれないらしい。  さてどうしたものかと、はじめてのころのように考えを巡らす。新婚時代、あれだけすらすらとのぼっていた口上のひとつだって浮かんでこない。私は一体どうやって、彼女に触れていたのだろう。どうやって指を伸ばす許しを得ていたのだろうか、それさえも。 「イデュナ、」 「なあに」  視線に耐えかねとりあえず名を口にしてみれば、首を傾げた彼女がつと片手を突き、わずかに距離を詰めてくる。下ろした髪が肩を流れ、薄いネグリジェの襟ぐりからまっしろな肌が覗く。たったそれだけで、鼓動が跳ね頬が上気するのが自分でもわかった。  我知らず、唾を飲み下す。覚えたての小僧でもあるまいしと、冷静な囁きさえ聞こえるがどうしようもできない、それほど目の前の女性が魅力的に映っていたのだから。  伸ばした腕の、なんと意気地のないこと。震えを悟られぬよう強く手を握り、しっかりと見据える。彼女の眸がきょとんと丸みを帯びる。 「その。君さえよければ、だが。夜を、共にしてもらえないだろうか、…私と」  なんとも格好のつかない誘い文句に一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたイデュナはけれど堪えきれなかったように吹き出した。おなかを抱えくつくつとのどを鳴らし、ふてくされる私に、だって、と。 「だってまさか、そんな難しい顔をして言われるとは思わなかったから」 「笑うことないじゃないか。私だって丸一日悩んでいたんだ」 「知ってるわよ」  目尻に浮かぶ涙をぬぐった彼女は、だってあなたすぐ表情に出るんですもの、と額を小突いてくる。なにもかもお見通しだったのかと、指先の触れた額を押さえて。日中やけに私のもとを訪れていたのも、いまの体勢もきっと、すべてを見抜いてしていたことだったのだろう。  ならばもう遠慮することはないなと、肩を押し彼女の身体をベッドに縫い付ける。 「でも。なんだか出逢ったばかりのころのあなたを思い出して、楽しかったわ」  まだ純情だったころのようでかわいかったと。綽々と言ってのける彼女のくちびるをふさぎ、にやりと、ようやく戻ってきた余裕を浮かべてみせる。 「それなら君も、昔のようにうぶな反応を見せてくれるんだろうな」 「さあ、それはどうかしら」  くすくす笑い合った私たちはそうして、夜にとけていった。 (その余裕、崩してあげよう)
 5年目夫妻は逆に初々しいといい。  2018.1.29