いつかどうしても悲しいときに、
◇一番近くが無理だったときは
元気出して。きっといいことあるよ。
どう入力したものかと指先を悩ませている間にチャット欄を埋め尽くす励ましの言葉。
私からの慰めは必要ないかもしれない。
ちらりともたげた不安を振り払い、一文字ずつフリックする。
『何があってもそばにいますよ、みんなが』
鼻をすする音。ふ、とこぼれる笑み。
「やさしいなあ、君」
◇月はめぐる、星もめぐる、君だってきっと
これからもずっと応援してます〜?
あのねえ、季節は移ろうし、天体の位置だって変わるんだよ。
宇宙規模で変化してるっていうのに、それよりももっと儚い人間の心が変わらないなんてこと、あるわけないでしょ。
だからね、今を全力であいしてほしいな。
不確かな未来より、今の君が欲しいよ、わたしは。
◇かたっぱしから思い出して笑えるような
このゲーム、次の配信でやろうと思ってるんだけどどうかな。
…もうやったことある?よく覚えてるね、そんな昔の配信。
第一回目から聴いてくれてるもんねえ。
わたしのあーんなことやそーんなこと、知ってるのは君だけだよ。
…って、ちょちょ、ちょっと、その回は失敗しちゃったやつだから忘れていいの!
◇どんなまことをお持ちでも
耳元に落ちた囁きに、ぞくり、背筋が震える。
「ちょっと〜、お返事は?」
思わず外したヘッドフォンから洩れる、普段どおりの声音。
演技を生業とするあなたの本性は果たしてどれなのかと、今でも惑ってしまう。
「寝ちゃった?」
「…起きてますよ」
マイク越しの分かりやすく弾んだ声に、気付かれぬようそっと息をついた。
◇うつくしいひとはひとりでうつくしい
ヘッドフォンから待ちわびた挨拶が洩れる。
今宵の彼女もいつもどおり、いや、いつにも増して饒舌だった。
開始直後だというのに高揚しているのは久しぶりの配信だからだろうか。
まだチャットに書き込んでいないから、私が視聴していることをきっと知らない、知り得ない。
寂しさを覚えても、離席することはできなかった。
◇心臓と心はこの場合同じことなのです
「ね、ね、昨日の配信どうだった?」
「かわいすぎて心臓が止まるかと思いました」
「死なないでよお。心臓より心を射止めたいな、わたしは」
「そんなのとっくに、」
「………とっくに、なに」
「すみません、ちょっと電波の調子が」
「もうっ、聞こえてるでしょうが!」
「あなただって。聞こえてるでしょ」
◇手伝ってください、さよならを始めます
ああ、その配信者さんなら知ってますよ。フォロワーさんがハマってるみたいで。
…推し変、ですか?
いえ、私はそもそも推しがいませんけど。あなたは推しじゃないですし。
うーん…推しというより、心配でほっとけない人、かな。
バイバイ、って。そんな寂しいこと言わないで。
あなたにだけですよ、こんな気持ち。
◇もしかして永遠とか言うつもりですか
そりゃあね、魅力的な配信者さんたちは世界にいっぱいいるけどさ。
今更君に推し変されちゃったらわたし、続けられる気がしないよ。ショックで寝込んじゃうよ。
ほらほら、心配になってきたでしょ。
わたしがひとり立ちできそうになったときには、他の推し作ってもいいよ。
そうだなあ…んふふ、しばらく先かな。
◇書かれなかったことを読む手紙
見慣れた筆致に思わず笑みが広がる。
月に一回届く手紙には、たとえば配信の感想だとか、わたしの体調の心配だとか、この前あった面白い話だとかが、電話よりは素直な口調で綴られてた。
毎週のように通話してるし、なんなら家だって知ってるのに。
「…かわいいやつだね、君は」
94円分の愛、ちゃんと受け取ってるよ。
◇なけなしのやさしさはこれで全部です
リスナー参加型のカードゲームで敵同士になってしまったからには手を抜くわけにはいかない。
たとえ相手がかわいらしい声で懇願しようとも。
「もうちょっと手加減してくれてもいいじゃん、君とわたしの仲でしょ〜?」
公衆の面前で何を言っているのだこの人は。
口を塞ぐ代わりに回復カードを投げ渡した。
◇知らないことばのなじんだひびき
配信の最後でみんなの名前を読み上げるとき、毎回ちょっと笑っちゃうんだよね。
君のせいだよ。
本名知ってるからさ、うっかりそっちで呼んじゃいそうになるの。
みなさ〜ん、この子の名前、こんないかついのじゃなくてもっとかわいらしいんですよ〜って。
誰にも教えたりしないよ、わたしだけの君だもん。
◇いまのうちです、さあ早くお別れを
そろそろ終了だと言うからおやすみと打ったのに、やだやだまだ終わりたくないと今度は駄々をこね始めた。
こっちだってもっと聴いていたいけれど、長時間配信は喉に堪えるって嘆いていたのはこの人自身だ。
リスナーも甘やかすんじゃないよ。
『じゃああなたが眠たくなるまで付き合います』
まあ、私も大概か。
◇吐息に全部を溶かすから、言葉は信じないでくれ
数えるほどしかリスナーがいなかった頃は、ひとりひとりに挨拶できたけど、ちょっとばかり有名になった今はなかなかどうして難しい。
代わりに大勢の中から名前を見つける技術だけは向上してるみたい。
「みんな〜、今日も聴いてくれてありがと!」
上手くとけこませた君への想いを、どうか君だけは拾ってくれますように。
◇君を愛するのはあまりにも簡単すぎた
はじめましてのときのこと、覚えてる?
わたしはちゃーんと覚えてるよ。
なにしろ君は、わたしのチャンネル登録者第一号だからね。
右も左もわからなかったわたしをすきになってくれて、手紙を書いて、こうして電話まで付き合ってくれて。
褒めて伸ばす教育方針は大成功だよ。
ありがとね、見つけてくれて。
◇二番目で幸せと言ったら怒るのでしょうね
だってあなた、みんなのことを平等にあいしてるんでしょう?
だから一番になりたいなんて、そんな贅沢は言いません。
みんなに愛を囁いた後に、私のことを思い出してくれたらそれだけで嬉しいです。
わがままになっちゃいました、あなたのせいですよ。
だから責任取って、二番目にあいしてください。
◇いつかどうしても悲しいときに
「ねえねえねえ!起きたら!君からの!音声データが!」
「朝からテンション高いですね」
「高くもなるよ〜、だって君の声貰えるなんて初めてだもん」
「初めて録りましたから」
「もう何回も聴いちゃった。『いつもお疲れ様です。あまり頑張りすぎないで。大好、』」
「ただの一般成人女性のセリフを繰り返さないでください!」
(思い出すのは、君がいい)
よく分からない距離感の配信者とリスナーのお話。
お題は
こちらから
2024.6.1