瞬きの法則
「また、」
ふいにかけられた声に顔を上げると、意外と至近距離から金のそれが覗き込んできていた。
元々口数が多くはないマーガレットだが、今回も例に洩れずそれ以上の言葉が発されることはなく。膝の上のペルソナ全書を閉じ、彼はふう、と息をついた。
「何が、また、ですか」
「掻いてるわよ。頬」
頬杖を突いた右手を指すように視線が下がり、彼もまた自身の利き手を見つめる。確かに彼は、手持無沙汰な時に頬を掻く癖があった。
「それから、目。もう少し瞬きをしないと、乾いてしまうわよ」
「瞬き」
「ええ」
一つ、二つと瞬きをすれば、よほど乾いていたのだろうか、ほんの少し眦に涙が浮かぶ。
そういえば昔、親に言われた気がする。集中している時は瞬きをしていない、と。
「貴方のそれは、癖…なのかしら」
「頬を掻くこと、ですか。確かに癖ではありますね」
「そう。何度もしているから、気になっていて」
それを最後に再び机に視線を戻したマーガレットだが、彼が不思議そうに見つめてくることに気付き顔を上げた。
数秒の間があり、ようやくぱちりと瞬きをする。
──やっぱり少ないわね
瞬きを見とめ、同じく彼女も瞼を上下させた。あの、と彼が口を開く。
「よく見てるんですね」
「何を」
「俺のこと」
「そうかしら」
「そうですよ」
「…そうかしら」
「そうですよ」
何を根拠にそんな自信が、と自分でも問うほど何度も繰り返せば、ようやく彼女が頷いた。
首を傾げ、それでもまだ納得いかないといった表情で呟く。
「…そういうこと、なのかしらね。意識したことはなかったけれど」
貴方が全書を持っている間は暇だから、と。差し出されたペルソナ全書を受け取ったマーガレットは言葉を付け足した。
宙ぶらりんになった彼の右手は再び頬へ、上下に小さく動き。ああ、これか、と呟きくすりと笑った。
「何か可笑しかったかしら」
「あ、すみません」
「別に謝らなくてもいいわ。咎めているわけではないもの」
「はあ、すみません。…あ」
「ほら、また」
指摘され、申し訳なさそうに頭を下げた彼は、しかしまた微笑む。今度こそ不思議そうに首を傾げた彼女は、少し身を乗り出し顔を寄せた。
「何故、笑っているの」
「いえ。…何だか、嬉しいなって」
「何が」
「俺のこと、よく見てくれてるんだなって思うと」
目の前の金が一瞬だけ隠れる。
「暇だからよ」
「それでも、ですよ。嬉しいんです」
好きな人に見てもらえてる、って。
机に両肘を突き、マーガレットの顔を真正面から捉えた彼はにっこりと満面の笑みを浮かべそう言う。
一方彼女はといえば、そう、と何気ない返事を一つ。返却されたペルソナ全書を開き、ページをめくり、先ほどの言葉を反芻して、
「……………え?」
一時停止。
ゆっくりと顔を上げ、依然笑い続ける彼の顔を見つめ、それからたっぷりの間を置き、彼女はようやくそれだけを発した。
「今、何て」
「さあ。俺、何か言いましたっけ」
「……いいえ、何でもないわ。私の聞き間違いだったみたい」
そう言って全書に視線を戻すものの、意味もなくページをめくり続け、瞼は忙しなく瞬きを繰り返していた。
そんな彼女の様子を存分に眺めた彼は、マーガレットさんは、と思わせぶりに言葉を紡ぐ。彼女が顔を上げたのを確認し、すい、と顔を寄せる。
「動揺すると増えますよ。瞬き」
口にした一言に反応するように、彼女の目が瞬いた。
(俺だって見てるんですよ、あなたのこと)
主人公とマーガレットさんの組み合わせがすき。
2011.4.1