Second Contact
「あら」
感じた驚きをそのまま形にした言葉が飛び出し、一つ瞬き。それでも少年の存在がそこから消える、などということはもちろん無く。
──いつの間に来たのかしら
浮かんだ疑問はとりあえず留め置き。居住まいを正し、改めて少年を見やる。彼もこの部屋の違和感に気付いたのか、扉の前に立ち尽くしたまま僅かに目を瞠っていた。
「これは失礼しました。何か、御用でしょうか」
「あ、いえ。少し寄っただけというか、その」
「そうですか。…今ちょうど、主が席を外しておりまして」
後方の空席をちらと伺いつつそう言えば、ようやく違和感の正体が分かった少年ははあ、とため息とも生返事ともつかぬ声を出す。
私自身、表情には出さないものの、この状況に驚いていた。少年や、そして以前ここを訪れた客人たちは、みな主からの出迎えを受けていた。
しかし今、この部屋の主は不在。そこへこの少年がやって来た。これが指す意味は一体。
「イゴールさん、留守なんですか」
尋ねるというよりは自身に聞かせるように、ぽつりと少年は零す。ペルソナを召喚したあの日から連日ここを訪れている彼にしてみれば、やはり珍しいことなのだろう。
目を瞬かせ、はあ、ともう一つ息をつく。
「ええ。ですから、急ぎでなければ、また時を改めてお越しくださると…」
口にした言葉は半ばで途切れ、代わりに一つの可能性が脳裏に浮かぶ。
ここは契約を交わした客人の定めと不可分な部屋。この部屋で全く無意味なことは起こらない、起こり得ない。ということは、かつて例にないこの状況にも何か意味があるはずなのだ。主が不在であることも、自身が目の前の少年を出迎えたということにも、すべて。
俯けていた顔を上げれば、いまだ青い扉の前で所在無さげに佇んでいる少年と目が合う。その瞳には先ほどの動揺など欠片も見受けられず、ただ蒼黒の双眸で静かにこちらを見つめているだけ。
ただそれだけのことで、心が震えた。
まだ小さな震えでしかない。僅かに感じ取れる程度の揺れでしかない。けれど確かに、“心”と形容されるべき場所が震えているようで。
口元が自然ゆるみ、笑みを形作る。これから紡がれるであろう“何か”の存在を感じ取り、心が高揚した。
唇を薄く開き、そうして改めて少年に告げる。
「ようこそ、ベルベットルームへ」
(楽しみがひとつ増えそうだわ)
5月19日ベルベットルームにて。
2011.5.19