人妻になりまして、
…あら。久しぶり。
三年?それとも四年だったかしら。
ずっと姿を見せなかったくせに、よく私を見つけられたわね。
変わってないなんて、そんなことあるわけないじゃない。
そうねえ、髪が伸びたわ。
ドレスを着るために伸ばしてるの。アップにしたほうが映えるでしょ?
この喫茶店だって随分変わったわ。
前はもう少し落ち着いた雰囲気だったのに。
マスターが代替わりしたの。あなた、知らないでしょ?
ああ、これ?ただの貰い物よ。
「恋人がいるの?」って…言ったじゃない、ドレスを着るって。
三年あれば変わるのよ。人も、場所も、心も。
…ねえ。どうしてこんなに長い間来なかったの?
いい加減話してちょうだい。
待ってたのよ、私。ずっと。ずぅっと。
毎週日曜日の午後三時。
街路樹に面したこの席でよければお茶しませんか、って。
最初に誘ってくれたのはあなたじゃない。
あの時のはにかんだ笑顔、私ずっと覚えてるわ。
なんてかわいらしい子なんだろうって、
見惚れちゃって、気付けば二つ返事してたもの。
連絡先を交換しなくても、この日、この時間ここに来ればあなたに会えた。
あなたと眺める景色がすきだった。
あなたと飲むコーヒーがすきだった。
あなたと過ごすこの時間がすきだった。
あなたもそう感じてくれてると思ってたのに。
…なのにある日突然来なくなったのはどうして?
事故とか事件に巻き込まれたんじゃないかって、私すごく心配してたのよ。
一年経った頃、ようやく気付いたわ。
ああ私、あなたにとってその程度の存在だったんだわ、って。
ねえ、どうしてよりにもよって同じ時間にここに来たの?
三年と七ヶ月待たせたくせに、どうして今更会いに来たのよ。
私ようやく、あなたを忘れられそうだったのに…。
事故で記憶を無くしたとか、思い出すまで各地を転々としてたとか、
まさかそんな見え透いた言い訳をするためにここに来たわけじゃないわよね。
………え。事故で記憶を無くして、思い出すまで各地を転々としてた?
ちょっと、いくら嘘が思いつかなかったからって、
私の言ったでたらめをそのまま繰り返さないでちょうだい。
誰が信じるのよ、そんな作り話。
…えっ、これ、診断書…。それに、全国各地の御朱印…。
ほ、本当に、記憶喪失だったの…?
自分探しの旅に出て、先週ようやく記憶を取り戻したって…?
ええっと………その、ごめんなさい。
まさか本当にそんな目に遭ってるとは思わなくて…。
だってそんな小説みたいなこと、現実に起こるなんて想像しないじゃないの。
え?「おめでとう」って、なにが…?
…あっ、この指輪…。
ちが、違うの!ドレスを着る予定も、結婚相手だっていないわよ!
いつかあなたがここに来た時、仕返ししてやろうって、ただそれだけで…。
それだけを支えに、三年七ヶ月もここに通い続けたから…。
騙すような真似をしてしまって、ごめんなさい…。
…もう。なに笑ってるの。
安心しないでよ。あなたのせいで私、ずっと独り身なのよ。
前のマスターにお孫さんを紹介されたけど断っちゃったんだから。
その…。会いに来てくれたってことは、責任、取ってくれるのよね。
…左手?こう?
「三年七ヶ月前に渡すつもりだった」?
…ふふ。自分で買った安物の指輪がかすんで見えちゃうわね。
ねえ、私の嘘も、本当にしてくれるんでしょ?
(本当はあなたと一緒にいたかった、ずっと)
スマホなどない。
2024.10.15