相席、いいですか。

…え? ああ、この席?見てのとおり一人よ、どうぞ。 この時間いつも混んでるものね。 私も来た時この席しか空いてなくて。 はじめまして…じゃないわよね。 大体同じ顔触れだもの、ほとんど顔見知りみたいなものよ。 それにあなた、いつも私のことチラチラ見てるわよね。 気付いてないと思ってた? ああ、そんなに謝らないで。 気持ち悪いだなんて思ってないわ。 どんな人なんだろうって、ずっと気になってたの。 だってあなた、私と目が合いそうになるとすぐに視線逸らしちゃうじゃない。 ふふ。実はね、見てたの、私も。 あなたに見つめられるうちに、私のほうも段々目で追うようになっちゃった。 いつか話しかけようと思ってたんだけど、なかなかタイミングが掴めなくて…。 だから今日、あなたから声をかけてもらえて嬉しいの。 こんなに可愛い子なんだもの、話したいって思うに決まってるでしょ。 いつもこの時間に来るようだけど、お仕事? …そう。毎日遅くまでお疲れ様。 私も仕事帰りだけど、あなたよりは早めかしらね。 このカフェでのんびりコーヒーを飲んで、疲れた心を癒してるの。 あなたもそのクチかしら? 私を見つめることが、あなたにとっての気晴らしになっていればいい…なんて。 ふふ、冗談冗談。 …冗談じゃないです、なんて。 いいのよ、別に無理して乗ってくれなくても。 じゃないと私、本気にしちゃうから。 それにしてもこんな近くに素敵なカフェがあるだなんて、羨ましいわ。 横断歩道を渡ってすぐのビルの17階。 なんですか、って、そこがあなたのオフィスでしょ? 私は15分ほど歩かないといけなくて…。 コーヒーはおいしいけど、距離だけがネックね。 どうして知ってるんですか、って。 だってあなた、たまに社員証を首から提げて来ることがあるじゃない。 しかも裏に名刺まで入れて。 それ、危ないわよ。 いつ誰に見られてるか分からないんだから。 いつか教えてあげなくちゃって思ってたの。 可愛いんだから、出来る自衛はしてちょうだいね。 あら、今日はシナモンラテ? そうよね、金曜日だものね。 月曜はカプチーノ、火曜はカフェモカ、水曜は…。 ふふっ、あなたもしかして、コーヒーは苦手? 私も若い頃は苦味が得意じゃなかったのよね。 来週から期間限定のミルクティーが発売されるみたいだから、月曜はそれで決まりね。 あなたの飲み物くらい分かるわよ、ふふ、見ていればね。 ところで、あなたに聞きたいことがあるの。 先週の火曜日に一緒にいた女性、たしか同じ部署の後輩だったわよね? 業務の相談には見えなかったけど…一体何を話していたのかしら。 気になるに決まってるじゃない。 だって私のほうが先にあなたのことを知ってたのに。 1年3ヶ月と21日。あなたはずっと私を見つめてくれていた。私もずっと見つめていたわ。 それなのにどうして後から現れた子に取られなくちゃいけないの。 あなたは私のことが気になってる。私のことが好き。私だけを見ていたい。 ねえそうでしょ? 恥ずかしがらないで、全部分かってるから。 ずっとあなたのことを見ていたんだもの、なんでも知ってるわ。 あなたの名前も、あなたの職場も、職場環境も、好きなドリンクも好きな本も好きな人も。 あなたもそうでしょ、ねえ。 あら、どうして席を立つの? いつもは閉店間際まで私を見つめてるじゃない。 今夜はじっくり、真正面から見つめてくれていいから。 安心して。可愛い女の子を一人で帰らせたりしないわ。 私がちゃぁんと家まで送ってあげる。 だからもう少しだけ、ね、お話しましょ。 (ここがあなたの特等席よ、ずっと、ずぅっとね)
 コーヒー系ドリンクの種類が分からない。  2024.12.11