彼女はとんでもないものを盗んでいきました。

…あっ! よかった、ようやく起きた…。 えと、大丈夫?痛いとことか無い? 30分くらい気を失ってたんだよ、キミ。 死んじゃったんじゃないかってヒヤヒヤしたんだから。 ここどこ、って、なに言ってるの。 キミのうちじゃないの、ここ。 なかなかいいところに住んでるよねえ。 でもオートロックだからって油断しちゃだめだよ。 え?だって鍵かかってなかったし。 女の子の一人暮らしでしょ? 施錠確認はきちんとしないと、 空き巣に入られても文句言えないよ。 まぁあたし的には楽できていいんだけどさ。 なにキョトンとした顔してるの。 キミの話をしてるんだよ。 ちゃんと聞いてる? あなた誰、って…ええと、その…。 しまった、なんて言ったらいいんだろ…。 ………え?自分が誰かも思い出せない? ねえそれ、記憶喪失…ってこと!? ま、待って、そんなに強く殴っちゃった? ちょっと頭見せなさいよ。 血…は、出てないみたい、よかった…。 救急車呼ぶのもいろいろとマズいし…。 ええと、あたしは、その…そう!キミの彼女! キミんちに遊びに来たら倒れてたんだもん、慌てちゃったよ。 怪我は無いみたいだけど、大事を取って少し休んだほうがいいんじゃない? うん、そのほうがいいよ、絶対いい。 あたしは適当に過ごすからさ、キミはベッドで寝てなよ。 なぁによその目。まさか彼女の顔も忘れちゃった? …えっ、あ、あっ、怪しいって、なにが? 「こんな綺麗な人がわたしと付き合ってくれるわけない」って? も、もう〜!褒めてもあたしからはなにもあげないよ! そりゃあ美人なのは事実だけど、 キミみたいなかわいい子に、そんな真面目な顔で言われると照れちゃうよ。 自分の顔、覚えてないの? だったら鏡見てきなよ。 こういう出会い方じゃなかったら絶対惚れるくらいかわい… ああいや!キミの顔も好きだよって! …コホン。 ところでキミの財布…の場所なんて覚えてるわけないか。 うーん…こういうのってどうすれば治るんだろ…。 もう一回頭殴れば…でも思い出したらそれはそれで面倒だし…。 ん?どうすればキミの記憶が戻るかなって考えてたの。 あ、でも無理に思い出そうとしなくていいからね! こういうのは自然に任せたほうがいいって、テレビで言ってたし。 優しい? 記憶喪失の人に出会ったらみんなこうするでしょ、普通。 いや、普通は出会わないけどさ。 え、ちょ、ちょっと、どうしたの急に。 そんな近くで見つめないでよ…ほんと綺麗な顔してるなぁ…。 えっ?………す、すす、好きになっちゃったぁ!? なん、なんで、どうして、どのあたりで! 顔がタイプで優しくていいにおいがするから…って、それだけで!? 惚れっぽいにも程があるでしょ! いや恋人だよ、恋人だからキミの言うとおりその、問題はないけど、 ないけどさぁ…あたし的には大アリなんだよぉ…。 ちょっと気絶させて物色するだけのつもりだったのに…。 んん、もう、今度はなに? …はぁ!?キスしたら思い出すかもしれない!? そんなのおとぎ話だけだって…、 ちょちょ、だからそんな顔近付けないでってば! わかった、わかったから! キスする前にひとつだけ約束して。 万が一記憶を取り戻しても、あたしを嫌いにならないこと。 いや頷くの早すぎ…そんなにキスしたいの? あたしとだからしたい、って…もう、なんなのキミは…。 それ以上かわいいこと言わないでよ…。 ねえ、約束だよ、約束だからね。 だって…あたしもキミのこと、好きになってきちゃったみたいだからさ。 責任取ってキス、してね。 (キミのほうがよっぽど盗っ人だよ)
 盗っ人だって恋に落ちる。  2025.2.6