バーでの出会いにご用心。

…え?ハンカチ…? あちらのお客様から、って…。 …あら、初めて見るお顔ね。 ごめんなさい。声、うるさかった? 今日はどうしても…泣きたい夜だったから。 …ありがとう、優しいのね。 よければ隣、いかが? これもなにかの縁だもの。 それとも泣き上戸の相手は嫌? ふふ。ようこそ、特等席へ。 このバーは初めて? ああ、ここの常連なのよ、私。 カウンターに一人で座る女の子なんて珍しいもの、 新顔はすぐに気付いちゃうわ。 ここ、隠れ家みたいで素敵でしょ。 私も気に入ってるの。 ええ、随分昔から通ってるわ。 嬉しい時とか、悲しい時とか…。 なにかあるとすぐここに来ちゃうのよね。 それに、デートにもうってつけの場所だもの。 そのせいでバーテンにも恋人を知られちゃってるわ。 「あなたが嬉々として紹介してくるんじゃないですか」って…。 こら、外野は少し黙っててちょうだい。 あなたは?お仕事帰りかしら。 …やっぱり。 せっかくの華金にこんな女と出会っちゃうなんて、あなたも災難ね。 …慰めたくて? ふふ、物好きな子。 いい歳して一人で泣いてる女に声をかけるなんて。 …大した理由じゃないの。 ただ彼女にフラれたってだけ。 別れた理由? なぁに、そんなに私のこと知りたいの? それとも野次馬根性かしら。 んふ、焦っちゃって…かわいい。 大丈夫よ、気遣ってくれてることは伝わってるから。 あなたはきっと…優しい人なのね。 …不安になっちゃうんですって、私といると。 恋人のはずなのに、いつか離れていっちゃいそうって。 …おかしいわよね。 私はこんなに…泣いちゃうくらい好きなのに。 好きよって、愛してるわって、何度も、何百回も言ったのよ。 …でもあの子には、全然伝わってなかったみたい。 あの子以外見えなかったのに。あの子じゃなきゃだめだったのに。 私は…っ ………っ。 …嫌だわ、今夜はそんなに飲んでないのに。 あなたがあんまりにも似ていたから、 …私をフッたその子に、とても、ね。 ごめんなさいね。 せっかくのお酒が美味しくなくなっちゃうわよね。 知らない女の失恋話を聞かされて、しかも元恋人に似てるだなんて。 …ふふ。あなたやっぱり優しい子ね。 同情でも嬉しいわ、ありがとう。 私もいい加減、泣き疲れちゃったわ。 …新しい恋に出会えたら、もう泣かずに済むのかしら。 …えっ…。 …そんなこと言わないで。 代わりなんていないの。 あの子にも、…あなたにも。 だって、泣いてる私にハンカチを差し出してくれたのは、 他の誰でもないわ、あなたじゃない。 …ねえ。 私の新しい恋に、なってくれる…? …ふふ、また泣いちゃいそう…。 今夜はだめね、涙腺が弱くて…。 私ね、この近くのホテルを取ってるの。 あなたさえよければ、飲み直さない? …ありがとう。 あなたの優しいところ、好きよ。 お化粧室は突き当たりを左に行った先よ。 ええ、待ってるから。 …バーテンさん、チェックで。 あの子の分もまとめて…。 ………ちょっと。なに拍手してるのよ、外野さん。 「主演女優賞ものですね」…って。 んもう、人を詐欺師扱いしないでちょうだい。 別に嘘はついてないわよ。 ただフラれたのが三ヶ月前ってだけだもの。 それにしてもあの子、今どき珍しく素直な子ね。 ハンカチをくれるだなんて…かわいい子。 ちょっと本気になっちゃおうかしら。 いい?あの子には黙っててちょうだいね。 …しらばっくれちゃって。 私がここで何人も女の子を引っかけてるって話よ。 あの子にまでフラれたら、またここで泣いてやるんだから。 私の泣き顔、もう見たくないでしょ? …あら、おかえりなさい。 あなたの話をちょっと、ね。 ふふ、内緒。 そろそろ行きましょうか。 それじゃあバーテンさん、またね。 (ここで泣くのは今夜で最後にしたいわね)
 どこのバーに行けば美女に出会えますか。  2025.4.1