誰かの隣にいるあなた。

遅れてごめんなさい。 思ったより手続きに手間取っちゃって…。 え?あぁ、市役所に行ってきたの。 ふふ、いいニュースよ。聞きたい? 実はね…離婚届を出してきたの。ついさっき。 どう?ふふ、びっくりした顔して…かわいい。 私もまさか本当に別れられるとは思ってなかったわ。 夫には…もう元夫ね。 迷ったけど、あの人には正直に話したの。 好きな人がいるからもうあなたとは一緒にいられない、って。 …まさかあんなに罵られるだなんて。 もちろんずっとあの人を騙してきた私が悪いわ、それは分かってるの。 だけど…あの人との間に、恋愛感情なんて無かったから。 ただ同じ家で生活を共にして、漫然と歳を取って…。 夫婦なんてそんなものだと思ってたの。 愛も情も同じだ、って。 でも、…あなたが教えてくれたのよ。 誰かに深く愛される喜びを。 この人となら死んでもいいって思える人がいることを。 大げさじゃないわ、全部本心よ。 あなたには今まで曖昧な態度を取ってしまっていたけど…。 …こわかったの。日常が変わってしまうことが。 今までずっと何かに流されて生きてきたから、 自分で選択をすることがこわくて仕方なかったの。 これでも、何度も離れようとしたのよ。 私なんかに縛られてちゃいけない、 あなたにはもっと素敵な人との出会いがあるはずだって。 …でも、できなかった。 …あなたを手離すことのほうが、ずっとずっとこわかったの。 だから、ね、決めたの。 あなたと一緒に生きていきたい。 私なんかを愛してくれたあなたの隣にいたいの、これから先も、ずっと。 …愛してるわ。 …ふふ。 愛してる、って。私から言うの、初めてだったわね。 少し気恥ずかしいけど…嬉しい。 これからは堂々と、あなたに愛を伝えていけるのね。 …今までたくさん苦しめてきたわよね、本当にごめんなさい。 五年も待たせちゃったけど、ようやく一緒になれるのよ、私たち。 さっそくだけど、来週からあなたの家にお邪魔しても大丈夫かしら? あのマンション、夫の名義だから私が出て行くことになって…。 「好きな時に来てもらえるように広い家に引っ越した」って、 あなた言ってたじゃない。 ベッドは…一つでいいわね。 ふふ。誰かと同じベッドで眠るなんて、今までは絶対に嫌だったのに。 あなたとなら、それも楽しそうって思えるの。 …ずっと夢に見てたの。 あなたと並んで料理を作る日々を。 一緒にお買い物に行って、お互いの好物をたくさん作って、 狭い湯船に二人で入って、週末には映画を観ながらお酒を飲んで、 同じベッドにもぐって、おやすみなさいって言い合って…。 あぁ…想像しただけで泣いちゃいそう…。 私ようやく、あなたと生きていけるのね。 ………ねえ、さっきからどうしたの? だって、その、…全然、嬉しそうに見えないから。 もっと喜んでくれると思ってたんだけど…。 急な話すぎて、まだ実感湧かない、とか…? …え? 一緒には住めない、って、ど、どういうこと…? だ、だってあなたいつも言ってたじゃない、一緒に住めたらよかったのにって。 毎日でも会いたいって、 隣で生きていけないのが苦しいって、 一緒になれないなら死んだ方がマシだって、 最初に出会ったのが自分だったらよかったのにって。 …「本当に別れるとは思わなかった」…? な、なに、どういう意味…? 私はただ、あなたとずっと一緒にいたくて…。 誰にも文句を言われることなく隣にいたかったから、 あなたも同じ気持ちだと思ってたから、だからなにもかも捨ててきたのよ。 それだけ心の底からあなたを愛してたの。 あなたもそうでしょ? 私のこと、本気で愛してくれてるんでしょう…? …もしかしてあなた、私が既婚者だからっていう理由だけで、好きになったの…? 人妻じゃなくなった私にはもう、興味ないの…? …なに、それ…。 だって私たち、あれだけ愛し合ってきたじゃない…。 この五年間、何度もキスをして、肌を重ねて、愛を囁いてくれて…。 だから私は家も夫もこれまでの人生もすべて投げ打って、あなたのところへ来たのに…。 私にはあなただけだと思ってたのに…。 あなたの愛だけを信じてたのに…っ ………ふ、ふふ、うふふ。 そうね、そうよね。 同じ家に住むことだけが「一緒になる」ってことじゃないものね。 もっとずっと一緒にいられる方法があったわ。 ほら、あなたいつも言ってたじゃない。 「死ぬ時だけは一緒になれたらいいな」って。 それよ。ねえ、もうそれしかないのよ。 だって私、全部捨ててきちゃったもの。あなたのために。 もう失うものは何もないの。 なんにもないのよ。ねえ。 …ねえ、愛してるわ。 今まで出会った誰よりも。 だから私と、ずっと、ずうっと一緒にいてちょうだい。ね? (あなたの隣にいたかったのに)
 変わらないあなただからすきだったのに。  2025.4.10