わからないの、ねえ、

 元に戻すことなんて、考えたこともなかった。  今までは空に輝く太陽が、私の雪を、氷を、溶かしてくれていたから。あたたかな陽射しが、すべてをなかったことにしてくれたから。私の力までは、なくしてくれることはなかったけれど。けれどついにはその光までも奪ってしまったのだと、アナは言った。私を追ってこんな雪山にまでやって来た妹が、誰よりも守りたかった妹が、私が光を奪ったのだ、と。  奪うことしかできない、呪われた力。唯一作り出せていた妹の笑顔でさえ、ついさっき剥ぎ取ってしまった、私が、私自身が。氷さえ溶かしてしまうような、彼女のあたたかい笑顔を。  周囲を取り囲む氷がみしみしと軋み始める。だめ、落ち着かないと。  両腕であたためるように、自分自身を抱きしめる。寒くはない。染みついてしまった私の癖。力を抑えたい時、気持ちを落ち着かせたい時、こうして身体をさすってきた、ひとりきりで。触れたらみんな、凍ってしまう気がしたから。大切な人たちがみんな、動きを止めてしまう気がしたから。  まぶたを閉ざして、息を一つ。  アナの、まっすぐに私を見つめてくる眸が浮かぶ。私のものより少し薄い、澄み切った色。ずっとずっと、真正面から捉えていたいと願った色。 『一緒に帰りましょう!』  私のものより高く、のびやかな声。  帰れるものならとっくにそうしていた。忌まわしいばかりの力なんて捨てて、なによりも大事な妹と過ごせたらどんなにか、と。けれど無理なの、もう。氷に閉ざされた国を元に戻すことも、ましてや力を抑えることだってできない私には過ぎたわがままだった。  指に力をこめる。寒くはない、寒くは、ない。  或いはこの手が、私自身を凍らせてくれたら、と。考えたことがないと言えば嘘になる。腕を、足を、心を。永遠に溶けることのない氷で覆えたら、と。そうしてこなかったのは生に執着しているからなのか、いいえ、そうじゃない。アナとともに過ごしていたかったから。たとえ顔を合わせる機会がなくても、彼女を傷付けることしかできないと知っていても、もう二度と触れることはできないとわかっていても。それでも同じ時間をともにしていきたかった。  “化物”と称された私にはもう、叶える術がないけれど。  きしり、と。氷の壁が姿を変える。音を立てながらうごめくその様は、私の心の内を表しているようだった。  意思とは無関係に、鋭くとがった無数のトゲが入口を閉ざしていく。もう誰にも入られることがないように。もう誰にも、会うことがないように。 「違う、そうじゃない…落ち着くのよ…」  言い聞かせてみても、氷は侵食をやめない。子供のころ、アナと一緒に遊ぶために生み出していた雪はそこにはなく。あるのはただ、他の侵入を拒む冷たい氷ばかり。私を自由にしてくれるはずの、妹を守ってくれるはずの城はけれど、創造主である私自身にも牙を剥いているように見えた。  抱きしめる、強く強く。指の痕が残ってしまうくらいに。  寒くはない、けれどわからないの。どうすれば生まれ育った国が元の姿を取り戻すのか、どうすればまた、小さいころのように二人仲良く過ごせるのか、それさえも。強さを増していく力に怯えるばかりの、部屋に閉じこもることしか術を知らない私には、なにも。  誰にも相談することができない。どこにいたってできはしないけれど、それでも耳を傾けてくれる人さえも、ここにはいない。望んでひとりきりになったはずなのに、妹を追い返したくせに、私はなんて、 「──アナ…っ、」  ひとりきりの私が求めたのはただ、誰よりもいとしい妹だった。 (なんて、なんて愚かな、私)
 はじめて書いたアナ雪が暗い。  2014.3.20