ファンタジーより愛をこめて。

「見て見てエルサ!」  隣から上がった声にふと視線を送れば、鼻の前で両手をこぶしに丸めて連ねさせた妹がにへ、と。およそ王女らしからぬ、けれどとても彼女らしく笑み崩れた。 「オラフの真似!」  本当はここで小言の一つも挟んだ方がいいのかもしれない。これは他国の人々にアレンデールを印象付けるための大切なイベント、衆人環視の中では姉と妹ではなく気品あふれた女王と王女でいなくてはならないのだと。  それなのに、私が空へと降らせた雪に歓喜し、こうして友人である雪だるまを真似てみせる彼女はただフロートを囲んでいる異国の子供たちと同じ、はしゃぐ妹でしかなかった。  あなたは王女であることを少しは思い出すべきよ――口にするべきだった言葉はけれど、微笑みの裏でとけていった。目の前でしあわせそうに綻んでいるこの表情こそ、私が見たかったものだから。  外の世界を見せたかったのだ、妹に。  愛を知ったいま、私の力にもなにものにも束縛されることのなくなった妹に、もっともっと広く自由な世界を体感してほしい、と。建前を取り去ってしまえば残るのはそんな姉よがりな願いばかりだ。  もうすっかり見慣れた薄氷色の眸はきらきらと輝いている。果たして私の願いは叶ったのだと悟るにはそれで十分。同じ景色の前にいながらきっと、映っている像は異なるのだろうけれど。  私のものよりも透き通った眸には一体どんな世界がとけ込んでいるのか。いつか私もと、祈るのは心の中でだけ。心優しい妹が聞き咎めてしまったらきっと、もう見えてるはずよだなんて言葉をかけてくれるはずだから。  くるり、妹に身体を向け直す。随分と伸びた鼻のまま、右へ左へとステップを踏んでいる彼女の腰を捕らえて、引き寄せた。 「エルサ?」  かわいらしく小首を傾げ疑問符を浮かべる妹の鼻の頂点、つまりは丸めた手にそ、と。鳥のついばみに似た口づけを送る。周囲から洩れ聞こえてくる感嘆の吐息に合わせて真っ赤に染まっていくのは目の前の頬。  あの、その、と。鼻を解体して後ろ手に、もぞもぞと急に縮こまってしまった妹に微笑みを一つ。 「私たちの仲の良さをみんなにもっと知ってもらわないとね」  今日が最後だから。続く言葉は丁寧に折り畳んだ。わかりきったことであるしなにより、口に出すことできっと下がってしまうであろう眉を見たくなかったから。彼女には最後まで、妹らしく笑っていてほしかったから。  名残惜しくも片手を離して、宙へ掲げる。手のひらに意識を集中、思いきり振り上げれば、結晶の華が咲いた。楽しそうに上がる子供たちの声に、妹はようやく満面の笑みを取り戻す、無邪気なそれを。 「やっぱり素敵ね、エルサの魔法って!」 「──もちろんよ」  返答に込めた心に気付いた妹の笑顔がいっぱいに咲いた。 (アナが隣にいてくれるから、私はいつだって、素敵でいられるわ)
 にんじん鼻がかわいすぎました。  2016.3.18