大丈夫、きっと真実だから。
愛がなにかを知らなかった。もちろん、単語としては認識していたし、その定義もわかっていた、わかっていたつもりだった。だけどそのかたちを、色を、あたしはなに一つわかっていなかったんだって、理解していなかったんだって。姉さんを、エルサを本当の意味で愛せていなかったんだって、そう思ったの。
「アナ、ねえ、そんなことはないわ」
ううん、そんなことあるのよ、エルサ。いつものように眉を寄せる姉さんにそ、と。首を横に振ってみせる。
あたしは愛を知るにはまだ子供すぎたの、大人になろうとしなかったの。いつまで経っても子供のころに貰っていた愛に縋ってばかりで、その先に進むのが怖かったの。だって大人になってしまったら、いまを見つめてしまったら、もしかすると姉さんからの愛がもうとっくの昔になくなっていたことに気付いてしまうんじゃないかって。
ふ、と。手のひらに重ねられる姉のそれに伏せていた眸を向ければ、眉のかたちは変わらないまま、けれどやさしい氷色が覗いていた。私もね、と。こぼされるのはあたしの知らない姉さんの想い。
「怖かったの、時が経ってしまうことが。子供のころまっすぐに向けてくれていたあなたの想いがどこかへ行ってしまったことを知るのが、こんなにも」
震えている手はその時の、十三年間顔を合わせていなかったころのエルサの心情をなによりも表しているようで。それでも離れてしまわないのは、姉さんが固く握りしめてきているからか、それともあたしが握り返しているからか。きっとその両方。
「私も子供だった、本当の愛を知ろうともしない、八歳のころの私のままだった」
なんにも成長していなかったのね、だなんて。困ったように笑みを崩すその表情は幼い日に見た姉の姿そのまま。たしかに成長はしていないのかもしれない、エルサもあたしも、十三年前のあの日から時が止まったまま。だけどいまは違う、愛を知った、愛を受けた、愛を渡した。まだ本物とは程遠いのかもしれないけど、だけどこれが、あたしたちの真実であることに間違いはないから。
もうどこへも行ってしまわないように、もっともっと距離が縮まるように、触れ合わせた手に力をこめる。氷色がまたたきを一つ、かたちをとかした雫が色を持った頬を流れて、ぽたぽたと落ちていく、氷のドレスをあたためるみたいに。お化粧崩れちゃうわよ、なんて言葉が音を持ってくれなかったからきっと、あたしも似たような顔をしているんだろうけど。
こつり、額を突き合わせる。またたくたびにきらきらと、誰よりもあたしの愛でとけた涙がこぼれていく。もう二度と、エルサの流す雫が凍ってしまわないように、音を孕んでしまわないように。願いをこめた想いはたぶん、届いてはいるんだろうけど、それでも言葉にしなければ伝わらないから。
「エルサ、」
名前を、紡いで。あたしの想いを受けて姉は笑う、ふわり、雪が舞うみたいに。この笑顔は、雫は、そしてエルサが反復するだろう言葉はきっと、疑いようのない真実だから、
「──あいしてるわ、アナ」
どうかどうか、この手が永遠に離れてしまわないように。
(そうしてこれからずっと、あなたと)
日本スクリーンデビュー一周年おめでとう。
2015.3.14