あるいは誰もひとりではないのだと、
お父様の言葉を最近、よく思い出す。
『力を持つ者は孤独なんだ、エルサ』
『…それは、魔法のこと?』
あれはまだ、親の触れ合いから逃れようとしていなかったころ。
見上げる私の頭に手を置いたお父様の眸が、やさしく細められたことを覚えている。てっきり厳しい言葉で否定されるとばかり思っていたものだから、予想外のぬくもりにただ、撫でられるがまま。
『魔法でもあり、権力でもあり。他人よりも強い力を持ってしまった者は、皆、ひとりだ』
お父様は続ける、権力者は孤独に付き纏われるのだと。人であるにも関わらず、ばけものでも見るような目を向けられることもあるのだと。まるでこれまでに経験でもしてきたかのように。
『だがな、エルサ、理解してくれる者は必ず現れる。寄り添ってくれる誰かが、必ずいる』
だからお前はひとりではないと、彼の声に熱がこもる。父や母以上にお前の傍にいてくれる者と必ず出逢えるからと。
意味はまだ、わからなかったのだと思う。
けれど代わりに口にした質問も、その答えも、いまでもはっきり思い出すことができた。
『パパもこどくなの?』
恐る恐る持ち出した問いに、けれどお父様は笑みを深めた、違うよと首を振って。
『パパの隣にはいつも、ママがいてくれるから』
そんな父が、まぶしいと感じた幼心もよく、覚えていた。
***
「エールサ!」
声が落ちてくるのと、頭にぬくもりが降ってきたのは同時だった。
「わ、わっ、」
顔を上げるよりも早く、両手で髪をかき混ぜられる。きっちり編み上げたシニヨンもお構いなしに乱していくその手を押さえようやく視線を持ち上げれば、にひひと、王女とは到底思えないほど悪戯な笑みを浮かべた妹が目の前にいた。
いつの間にやって来たの、なんて疑問を口にしようとしたくちびるが一瞬、塞がれて。
「休憩にしましょ、姉さん」
ぎゅ、と。一度、両手を握りしめられる、まるでぬくもりを分けようとでもするみたいに。てっきりアナの手が熱いほどの体温を帯びているのだとばかり思っていたけれど、どうやら私の方もきんと冷え切っていたようだ。
「息。すって」
言われるまま、吸って、吐いて。
たったそれだけで、書類に降り積もっていた雪が姿をなくす。部屋を舞っていた結晶たちも、床に落ちる前にそのかたちをとかしていった。
最近体調が芳しくないせいだろうか、気を抜けばすぐ、魔法が顔を出す。いまだってつい、うたた寝をしてしまっている間に世界を変えようとしてしまっていて。
「ほら、はやく! あたしおなかぺこぺこなの!」
けれどこの子は言葉一つ、ぬくもり一つで、私をすくい上げてくれる。忌むべき魔法さえ一緒に拾い上げて、やわらかく受け止めて。
伸ばされた手に自身のそれを重ねれば、待ってましたとばかり、ぐんと引かれていく。
お父様。
私はもう、孤独ではありません。
音にしない呟きを一つ。
いつかの父の、あのしあわせそうな微笑みが見えた気がした。
(だって私の隣にはいつだって、アナがいてくれるから)
エルサとアナと時々パパ。
2017.8.4