そうしてふたりで過ごす夜がまたひとつ、

 ──その眸が本当にあたしを映しているのか不安になってしまって、 「ね、エルサ」  かけた声にふと、視線を落とした氷色の眸があたしをとかしこむ。ふわりと笑って、なあに、だなんて。  姉さんの音はいつだってやわらかい。夜の闇にまぎれていくようで、だけどあたしの耳にはたしかに届く、そんな声。ともすればいとおしささえ含まれているようにも聞こえるそれがどうかあたしだけに向けられるものでありますようにと。昔はこんなこと、願わなかったのに。願わなくたってあたしだけにしか与えられることはないのだと、自惚れにも似た自信を抱いていたから。  だけど、十三年ぶりにきちんと顔を合わせて、お互いのことを理解して。そうして訪れたのは疑心と恐れ。小さいころから変わらず、いいえそれ以上の想いを抱えて生きてきたあたしと同じくらいにエルサも妹のことを考えてくれていたのか。扉越しに募る心以上に身を焦がしてくれていたのかと、そんなことばかり。  そんなどうしようもない不安を口に出すより先に、つと、まっしろな人差し指が伸びて、くちびるに触れる、しー、と、子供に言い聞かせるみたいに。 「当ててあげましょうか、なにを言おうとしたか」  ともすればいたずらまでにじませてみせて。  転がり落ちていったあたしの言葉を拾うみたいにもう片方の手が頬を包んで、ゆるり、撫でていく。 「ずっと。ずっと、ね、考えていたの。扉の向こう側で、あなたのこと」 「…あたしの、こと」 「そう。元気にしているかとか、少しはお転婆も治ったのかとか」  たとえば綺麗になったんだろうなだとか、たとえばまだチョコレートは好きだろうかだとか。挙げられるのはあたしに関することばかり。あたしがエルサに向けていたものと同じそればかりで。 「いつも、いつだって、あなたのことしか想っていなかったのよ、私」  眉尻を下げて、氷色にたしかにあたしだけを映して。あたしを呑みこんでしまいそうだった不安をまるごととかしていくような感覚になぜだか視界がにじんでいく。自身が凍りつくそのときだって流れなかった涙が頬をつたい落ちていく様子にくしゃり、目の前のエルサまで同じ表情。  だからね、と。両手で顔を包みこんで、距離を縮めて、額を合わせて。氷色が閉ざされる、あたしを映しこんだまま。 「不安にならないで。私はもう、離れたりはしないから」  アナだけを見ているから。  落ちていくひとつひとつに、あたしも、と。そう応えるだけで精一杯のあたしはただ、ようやく触れる距離にまで近付いた姉を抱きしめた。 (扉を隔てていたってあたしたちは同じように想っていて、)
 久しぶりにふたりで迎えた夜。  2018.3.15