こちら日刊アレンデール。

 Hi!突然だけど明日のアレンデール新聞はこのあたし、アナが占拠するわ!  …え?勘弁してくれ、ですって?  なに言ってるの、これは王女命令、つまりアレンデール国からの命令でもあるの、だから大人しく諦めてちょうだい。  …もうっ、泣いて土下座しなくたっていいじゃない。  オーケー、なら一面だけ!それだけ!エルサの…じゃなかった、女王陛下の真面目な記事書くだけだから!  …いいの?やった、ありがとう!  これでエルサのかわいさを国民みんなに伝えられるわね!あたし張り切って取材してきちゃうんだから!   ***  ──いままで謎に包まれてきたアレンデール王国の姉妹、アナ王女と我らが崇高にして唯一であのかわいさはもはや罪ではないのかと妹に噂されつつあるエルサ女王。その実態を、というか仲の良さを国中に知らしめるべく、本紙は今回、独占取材を敢行いたします 「取材というのなら直接、女王陛下になされてはいかがでしょう」  ──まずは一人目、アレンデール城に古くから仕えている侍女、ゲルダさん(仮名)です 「仮名になっておりません。そんなことより、陛下の許可は頂いたのでしょうか」  ──さて、お相手はわたし、 「アナ王女!」  ──…が、お送りいたします 「はあ…。まあ、王女の暴走はいまに始まったことではありませんけれど」  それ、どういう意味よ。 「先日の女王陛下生ライブをお忘れですか。聖堂でひっそりと行うはずだったものを、国民全員を呼び集めて…あの時の陛下の心境を思うだけでこのゲルダ、断腸の思いです。それから、」  ──それでは取材を始めたいと思います 「少しは反省なさいませ」  だってエルサ、十三年間もお城に引きこもってたのよ。人と接することに慣れてないの。少しでも助けになればって思うのは、妹として当然でしょ。 「ええ、ええ。そんな建前で女王親衛隊という名のファンクラブを設立されなければ、立派な心構えでございましたのに」  ──最初の質問です 「はあ…明日は雪ですね」  ──ではまず、アナ王女について 「昔から活発で、無鉄砲で無計画でお転婆で、臣下一同手を焼いておりました。ああ申し訳ありません、現在進行形でございます」  それ、本人目の前にして言っちゃう? 「次のご質問を」  ──…それでは、エルサ女王について 「それはもう思慮深いお方でございます。常に優しさと思いやりにあふれ、慈愛の心とともに生きておられるのだと、わたくしを始め臣下一同そう考えております」  同感だわ。同感だけども、あたしもそれくらい褒めてくれてもいいんじゃないかしら。 「次のご質問を」  ──ゴホン。お二人は普段、どのように過ごされているのですか 「そうですね、陛下がどこへ行かれるにも常に王女が付きまとい、もといストーキングされておられるという状況ですね」  言い直したのに余計悪くなってるわよゲルダ。 「遠出の際はあたしも行くのだと船に乗り込み、パーティーの際は陛下に悪い虫が近寄らないようにとぴったり張り付き、ご自分の部屋もございますのに陛下のベッドでお眠りになったり…。そのうち湯浴みもご一緒になさると言い出されるのではないかと肝を冷やしております」  あ、それもいいわね。 「わたくしとしたことが…!」  ──お二人の印象的なエピソードなどがあれば 「王女が陛下の使用したタオルをこっそり保管しているという話であれば、」  ──お二人の微笑ましいエピソードなどがあれば、ぜひ 「微笑ましい…」  ちょっと。頭抱えないでよ。そろそろ落ち込むわよ、あたし。 「…つい最近の話ですが。  お二人がいつものように同じ部屋で眠られた翌日、朝食の時間になってもいらっしゃらないことがありました。王女ならば日常茶飯事ですので特に気にはしないのですが、あの陛下が寝坊なさるなんてことは、アレンデールが雪と氷で閉ざされるよりもありえないことなのです。何か大事があったのかと、わたくしすぐにお部屋へ向かいました。  すると陛下はもうお目覚めになっておられて、人差し指を口元で立て、仰ったのです。『アナが起きちゃうわ』と。王女はいつものようにこれでもかと髪を逆立て、陛下を抱きしめて眠られておりました。  その時の王女の幸せそうな寝顔と、優しい眸でお見つめになっていた陛下の顔を、わたくしは忘れることはございません」  え、そんな話、あたし知らないんだけど。 「王女には秘密にしておくよう、陛下が仰っていましたので。『これは私だけの特権だから。アナにも渡せない、私だけの秘密の時間だから』と。  幼子のように笑うエルサ様を、姫様を、わたくしは知っております。誰よりもアナ様を大切に想っておられることを、わたくしは存じております。  だからこそわたくしは、この話を新聞に載せていただきたいのです。アナ様にも、エルサ様のお心を知っていただきたいのです。  けれどいまお話している相手はアナ王女ではなく、日刊アレンデール新聞の記者様でございます。新聞伝いでアナ様のお耳に入ったとしても、わたくしの責任ではございません」  …うん。ありがとう。 「記者様」  ──この話は記事にさせていただきます。精一杯、心をこめて。 「ええ。そうしていただければ、わたくしもお話した甲斐があります」  ──最後の質問です。あなたにとってお二人はどのような存在ですか 「一介の家臣がこのようなことを申せば不敬と言われるかもしれませんが、家族、だと。わたくしだけでなく、アレンデールに仕える者は皆、そう思っております。  早くしてご両親を亡くされたお二人にどうか笑顔が戻るようにと、どうにか幼い頃のように仲良く過ごす日がやって来るようにと。力不足ではございますが、精一杯支えてまいりました。その願いがようやく叶ったのです。ようやく愛をお知りになったのです。安堵しない者がどうしておりましょうか。娘のようにお世話をさせていただいた姫様たちを、どうしていとおしく思わないことがありましょうか。  つまるところわたくしは、わたくしどもは、姫様お二人を愛してやまないのです。愛すべき娘なのです」  …ねえ。あたしもね、大好きなの。このアレンデールが、あたしたちをずっと守ってきてくれた、このお城の人たちみんなが。言葉でなんて伝えきれないくらい、大好きなの。 「存じております。存じておりますとも。…質問は以上でしょうか」  ──…はい。ありがとうございました 「さて、アナ王女。いまは語学のお時間だったと思うのですが」  ──それでは次の取材相手にまいりましょうか 「姫様!」  ***  ──次の方は、これまたアレンデール城の古株であるカイさん(仮名)です 「仮名になっていない気がするのですが…」  気がするだけよ。カイももう年ね。 「姫様、思いきり実名が出ておりますよ」  ──それでは取材を始めさせていただきます 「取材ならば陛下に直接されてはどうかと…」  それゲルダも言ってたけど。あたしの知らないエルサの話を聞きたいから、あたしたちをよく知ってる人たちにこうして尋ねて回ってるの。エルサ、自分からはなにも話してくれないから。あたしはエルサのことをもっとよく知りたいのに。 「アナ様…だからといって覗き、もといストーキングされるのはどうかと思います」  だから言い直したのに余計悪くなってるんだって。 「仕事が溜まっておりますので、ご質問はお早めに」  ──ええと、ではまず、アナ王女について 「とても溌剌として明るいお方です。自転車に乗っては鎧にぶつかり、チョコレートをたくさん口に含んでは喉に詰まらせ、寝癖のついたまま食卓に着かれたりと。そんなお姿にいつも、元気を分けていただいております」  ねえそれ感謝してるの、けなしてるの。 「ご質問はお早めに」  ──…それでは、エルサ女王について 「何事にも完璧を求めておられます。自分に厳しく、他人には誠意と愛情をお向けになる、まさに女王の鑑と呼ぶに足るお方です」  べた褒めね。妹としては鼻が高いばかりだけど、その褒め言葉をちょっとくらいあたしに回してくれたっていいのよカイ。 「王女、お早めに」  もうっ。  ──お二人の印象的な、じゃなくて、微笑ましいエピソードなどがあれば 「エピソード、と呼べるかどうかは分かりかねますが。  先ほども申し上げましたように、陛下は常に、ご自身にさえ完璧をお求めになります。そうして熱中されるあまり、休息どころか寝食をお忘れになるのは、王女もご存じの通りです。私もいつも、少しばかり休まれてはと進言するのですが、自分は大丈夫だと、そればかり、あのお優しい微笑みの裏にすべてを隠してしまわれる。  ですが王女が、アナ様が執務室を訪ねていらっしゃった時にだけは、お仕事の手を休まれるのです。今日はこんなことがあったのだと楽しそうに語られるお話を、ご自身も体験しているかのような、うれしそうな表情で耳を傾けておられるのです。  そのありふれた瞬間こそが、私にとっては大切なエピソードに含まれる時間なのです。  長い間、別々に過ごしていらしたご姉妹が、一緒にお話して、笑い合っている。ただそれだけのことを私は、我々は、待ち望んでいたのです。  一見アナ様がエルサ様に甘えているようですが、それは違います。妹君が与えてくれる安らぎに、姫様が甘えているのです。私どもが何度差し出してもお取りにならなかったものを、あなただけはお渡しになることができるのですよ、アナ様」  …あたし、ね。必要ない人間なんだって、思ってた。エルサにとってあたしは、いなくてもいい妹なんだろうなって、思ってたの、ずっと。 「そんなことはございません、そんなことがあってはなりません。エルサ様は、そしてアナ様も。お互いを必要とされておられるのです。二人でなければいけないのですから。  ですからどうかアナ様、私が申しますのも恐縮ですが、エルサ様を存分に甘やかしてあげてください。どうか恐れず、愛をお伝えになってください」  うん。うん。  ──じゃあ、最後の質問。あなたにとってお二人はどのような存在ですか 「何者にも代え難い、一生を捧げるに相応しいお二方です。  無礼を承知で言うならば、娘だと。きっとゲルダも、同じ答えをお返ししたのでございましょう。いとおしいのです、と」  ──質問は以上です。ありがとうございました。ありがとう、本当に 「ところで姫様。城下で自転車を乗り回していた王女に花瓶を壊されたと、花屋から苦情が、」  ──質問は以上です!  *** 「あ、…アナ、これ…っ」  翌日。  朝食を終え、紅茶を飲みつつ新聞を手に取ったエルサは氷色の眸を目いっぱい見開き、それからぷるぷると震える指で一面を指した。どれどれ、と。エルサの後ろに回り、何食わぬ顔で新聞を覗き込む。  『独占!アレンデール姉妹の素顔に迫る!』という大きな見出しの下には、楽しそうにスケートをしているあたしとエルサの写真がどどんと載っていた。  あたしが記事を書く、なんて言った時にはやめてくれと泣いて土下座してきたくせに、エルサの話題だというと途端に乗り気になったから、きっとあの編集長、エルサのファンね。あとでエルサファンクラブ、もとい女王親衛隊に引き入れておかないと。  とにもかくにも、新聞になんて載ったことがない女王様はそれ以上言葉が出てこないみたいで、文字通り開いた口がふさがらない状態であたしを見上げてくるばかり。 「ね、読んでみてよ」  そんなかわいい姉に、あたしは促す。  これにはたくさんの人の愛が詰まってるの。たくさんの人の想いが詰まってるの。ねえ、あたしたちはこんなに愛されていたんだよ、こんなに守られていたんだよ。それをエルサにも、この甘え方を知らない姉にも、教えてあげたくて。  訳がわからないといった表情ながらも、エルサは記事を読み進めていく。あたしと城仕えとのやり取りに笑顔をこぼして、かと思えば泣き出すみたいにくしゃりと顔を崩して。  そうして筆者を見つけたエルサは、そっとあたしを見上げてきた。頬を伝った雫が、朝日を浴びてきらりと光を落とす。 「ねえ、アナ。私は、私たちは、幸せ者ね」 「そうよ姉さん。これに気付かずにいままで生活してただなんて、ふたり揃って鈍感だわ」 「これからたくさん、返していかないと」  ふたりして顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。部屋の隅では、愛を返すべき人たちが小さく笑みをこぼしていた。  ああ、そういえばあたしったら、大事な一文を忘れていたわ。  伸びをして首元に抱きついてきた姉の背を撫でつつ、そっと付け加える。  結論。アレンデール姉妹は紛れもなく真実の愛である。 (それはなにより、あたし自身が知っているから)
 アレンデール姉妹はみんなからあいされてるといい。  2014.5.30