あなたに出逢えた日。

 ずっと不思議だった。  きっかり一年ごとに増えていくあたしの肖像画を、一体誰が描いているのか。ひとつずつひとつずつ、絵画室に並べられていって、気付けば王女成長記録みたいになってしまったこの絵を。 「ねえ、これはだれが描いてるの?」  あれは十歳を過ぎたころだったか。  ひとり遊びのスペシャリストとなっていたあたしは、その日も代わり映えのしない絵画たちに話しかけていた。ねえジャンヌ、どうしたらあなたみたいに強くあれるのかしら、だなんて。話し相手のいないさみしさを紛らわして。  だけどひとつだけ、あたしの肖像画だけが今年もまた数を増やしていることに気付いて、母さまに尋ねてみたことがある。モデルになった覚えのないそれを、一体誰が描き記しているのか、と。  母さまは眉を下げて、それからやわらかく微笑んだ。 「あなたを世界でいちばん愛している人よ」  その時の表情を、慈しむような声を、あたしはいまでも覚えている。  あたしの成長を追っているかのような肖像画に共通しているのは、どれもこれも笑顔であること、そして横顔であること。真正面を向いているものなんてひとつもない。  どこか遠くを見透かしているかのようなそれらはなぜか、笑っているはずなのにさみしく見えた。  *** 「─…これって、」  考えたことがなかったと言えば嘘になる。もしかしたら、もしかしたら、なんて。つい都合のいい推測をしてしまうのはあたしの悪い癖だけど。  だけどもてっきり母さまが描いているのだと思っていた絵が、三年前からも変わらず数を増やしていったのだから、無名の画家の正体なんて、当てはまる人はもうひとりしかいなくて。 「あ、アナ!?」  部屋の主の声に振り返れば、一日の公務を終えて帰ってきたエルサがあたしの手中にある紙を見つめて驚いていた。その表情に、あやふやだった正体が確信に変わっていく。 「ベッドの下に落ちてたの」  どこでそれを、なんて訊かれる前に答えれば、困ったように眉を下げる姉。そんなに見つかりたくないものだったのかしら。もう一度紙に視線を落とせば、絵画室にあるものと同じで、やっぱり横顔のあたしが笑っていて。 「十三年間、ずっとね、あなたを見ていたわ」  ひとつ息をついたエルサが窓際に歩み寄って、外を見つめる。そこからは中庭がよく見えるのだと、ひとり遊んでいたあたしがよく見えたのだと。 「私はあなたが成長していく姿をそばで見ることができないから、せめて絵というかたちに残そうと思ったの」  ひとつ、ひとつ。描いていくたびに妹の成長を感じていたのだと、姉は言う。そのたびに、隣で見守ることができない悲しさに胸が押しつぶされていたのだと、さみしがりやの姉さんは眉を下げて笑う。  それはいつかの、母さまが見せた表情と同じで。 「ね、エルサ。あたしの絵、描いてくれない?」 「…いま?」 「そう、いま」  あたしがちゃんと前を向いている絵はひとつもないから、ちゃんと姉さんに微笑んでいる絵なんてどこにもないから。だから今度は、これからは、まっすぐエルサを見ていたいの。世界でいちばんあたしのことを愛してくれてる人を、見つめていたいの。  雫をこぼしたのはエルサ、嗚咽を洩らしたのはあたし。ふたりで顔を見合わせて、悪戯っ子みたいにふふ、と笑って。私ね、と。とっておきの秘密を打ち明けるみたいに、エルサがささやく。 「あなたの笑顔が、いちばん好きなの!」  前を向いてとびっきりの笑顔を浮かべているあたしの絵が追加されるのは、そう遠くない未来のお話。 (いまはもう、本物のあなたがすぐ傍に)
 十三年分のあなたをこめて。  2014.6.2