雨に乗せる、

(現代パロディ)  くるくる、くるくる。色のない景色の中でただ一つ、澄んだエメラルドグリーンの傘がつまらなさそうに回っていた。待ちぼうけを喰らっている妹の心情が表れているみたいでかわいらしい。  少しの罪悪感と、けれど押し込めきれないうれしさを口の端に乗せて。 「エルサ!」  声をかけるよりも早く私に気付いた妹が途端にぱあと顔を輝かせる。薄氷色の眸が細められて、肌寒いというのに頬を朱に染めて。  雨の日は、あなたの周りだけがこんなにも色づいていく。  器用に水たまりを避け、走り寄ってきたアナは息一つ切らした様子もなく目の前で急停止、太陽みたいにまぶしい笑顔を向けてくる。 「待たせてごめんなさい」 「ううん、あたしもいま来たとこなの!」  さっき傘の隙間から見えた横顔は空みたいに曇っていたから、随分と長い時間待たせてしまっていたことは明らかなのに。よかったわ、と。いまばかりは、妹のやさしい嘘に甘えることにした。  差し出された傘に身体を滑りこませて、並んで歩き出す。  雨の日にはこうしてアナが、傘を持って大学まで迎えに来てくれる。毎日欠かさず天気予報見てるくせになんで傘忘れるのよ、なんて。向けられる小言にごめんなさいと苦笑を返しつつ、折り畳み傘をそっとかばんにしまうのが私の常だ。  どうせなら傘を二本持ってくればいいのに、そんな無粋な言葉も呑み込んで。跳ねるみたいに軽やかに水たまりを避けるのがうれしい時の妹の癖だということを知っているから。 「最近雨ばっかりだね」  窺うように空を見上げて、ため息混じりにアナがこぼす。  梅雨入りが発表されてもいないというのに、せっかちな雲は連日雨を落としているのだ。思いっきり身体動かしたいんだけどな、と。雨のせいで体育の授業が流れているらしい活発な妹は恨みがましくつぶやく。 「私は嫌いじゃないけど」 「どうして」 「だって、こうしてアナと一緒に帰れるんだもの」 「雨が降らなくったって一緒に帰るわよ」  ぷくりとかわいらしく頬をふくらませた妹はきっと気付いていない。私がどれだけ雨の日が好きなのか、どれだけこの空間をあいしているのかを。  淡いエメラルドグリーンの下にいる間だけは、私とあなたのふたりきりだから。隔絶された世界にただふたりだけが取り残されたような、そんな気がするから。  陽の下でもあたしはエルサだけを見てるよ、なんて。妹はたぶんそう言うのだろうけれど。これは自惚れではなく予想。誰よりも私をあいしてくれている妹は、どこにいたって変わりなく私を見つめていてくれるなんてこと、わかっている。けれど私にとっての太陽は一つだけでいいの、あなただけで十分、まぶしいのだから。  傘の柄を持つアナの左手にそっと右手を重ねる。ぴくりと震えた手は、けれど拒絶は表さなかったから、反対側に移動させて妹の指と組み合わせた。おずおずと返ってきた反応に自然、頬がゆるんでいく。  笑わないでよ、拗ねたような声が隣から聞こえてくる。 「ね、アナ。好きよ」 「…雨の日が、でしょ」  ふてくされた口調をそのまま表情に乗せて視線を投げてきた妹に微笑んで、傘をくるり、回す。  ねえ、好きなのよ、アナ。雨よりも、なによりも。 (想いさえとかしこんで)
 雨の日。  2014.6.18