あなたの隣で凍らせて。
口づけは子供時代の延長線上。
まずは鼻頭に触れるだけのそれを一つ。くすぐったそうに氷色の眸を隠して、いつもみたいに眉を下げて。まぶたにもくちびるを落とせば、整ったまつげがふるりと震えた。
「ね、…アナ」
色づいたくちびるがかすかに開いてあたしの名前を紡ぐ、ただそれだけのことなのにくらりと酔わされる。その響きに、ただひとり、彼女にしか作り出せない音におぼれてしまいそうになる。
灯した光さえ透かしてしまいそうなほど白い指が伸びてきて、頬をたどり、鎖骨をなぞり、そっと自身のくちびるへと落ちていく。口下手な彼女の、精一杯のおねだり。わずかに覗かせた氷色にあたしを映し込んで、またたきを一つ、閉じ込めて。
「─…ちょうだい」
その一言を言い終わらないうちに、おねだり上手な姉の酸素を奪い取った。
小さいころには絶対にしなかったそれで、もっと深く、いっそとけあってしまえばいいと。自分から求めてきたくせにおびえてなりを潜めてしまっている舌を絡め取り、動きを強要する。響く水音で耳朶を侵して、もっと沈んでしまえばいいと、あたしと同じところまで落ちてきてしまえばいいと。
願いはきっといつも空回りしている。
名残惜しいけどくちびるを離して。リップ音を残したのはいたずら。いままであれだけ音を立てていたというのに、それ一つで朱を広げる様子がかわいらしい。
色を視界に収めて、浮き出た鎖骨にそ、と顔を寄せて。噛み付くみたいにやわく歯を立てた。びくりと身体が震えた途端、周囲に結晶が舞い始める。おびえているのか、不安なのか、きっとその両方なのだろうけど、抵抗しないあたり嫌ではないのかもしれない。そんな都合のいい解釈をしてくちびるを浮かせれば、真っ赤なあざが一つ、咲いていた。
室温が下がっていく。結晶がふうわりとベッドに降り積もり、数を重ねていく。そっと手を伸ばせば、触れた先からかたちを崩していく。
自然、ゆるむ頬。
あいしているのだと、あいされているのだと、言葉よりも確実に伝えられているようで。
「アナ、ね、さむくない…?」
ようやく雪を見咎めたのか、上がりきった息をそのままに尋ねてくる姉に首を横に振ってみせる。さむくはない、むしろあついくらいよ。だっていまこんなにも、姉さんの熱を感じているんだもの。
枕に積もった雪に触れれば、跡形もなく消えていく。まるで魔法使いにでもなった気分。
感情が昂っているいまばかりは力が制御できないのか、ベッドの周りの降雪量は増すばかり。
ああでも、このまま凍ってしまうのも悪くないかもしれない、なんて。あなたをあいしたまま、あなたにあいされたまま、凍ってしまってもいいかもしれない。そう考えてしまうくらいには、あたしの愛情はみにくく歪んでしまっているから。この想いがあなたに知られてしまうまえにどうか、あなたの隣で、
「アナ、ねえ、アナ、」
縋るように伸ばされた手を取って、指を組み合わせる。シーツに染み込んでいく涙の跡をたどれば、ゆるり、エルサが微笑んだ。
「あいしているわ」
こぼされたなによりも確かな言葉に、あたしもよ、そんな想いをこめてくちびるを奪い去った。
(あいしているわ、エルサ、だれよりも)
姉妹は病んでるくらいがすき。
2014.6.24