口づけは夢に消した。
「ふふ、」
自分の枕を端に寄せ、距離を開けずにもう一つ。自分のベッドに見慣れないそれが並んでいるというだけで、うれしさにゆるむ頬を隠すことができるはずもなかった。
それを見咎められるのもなんだか恥ずかしいから、思わず洩れた声に振り向いてしまう前に行儀悪くも思いきり身体を横たえた。やわらかい枕は、だらしなくもふにゃりと崩れた顔をやさしく受け止めてくれる。
「なんだか楽しそうね」
思った通り、振り返ったらしい姉さんが言葉を返してくれる。その中に弾んだそれが混ざっているように聞こえたのは気のせいではないと思いたい。姉さんもあたしと同じようにうれしさを噛みしめてくれているのだと、望んでいてくれたのだと。たぶん、自惚れてはいないはず。
「姉さんといるからよ」
「いつも一緒にいるじゃない」
「今夜は特別」
そう、お空ももう眠ってしまっている夜だから。十三年振りに姉さんと枕を並べた夜だから。いつもならとっくにまぶたを閉じている時間だというのにこんなにも心がとくとく鳴っているのはうれしさと、それからほんの少しの恐怖。あたしの中身は十三年前の、小さなころのあたしに戻ってしまっていた。
お空が起きていない夜はこわかった、まっくらやみはきらいだった小さなあたし。飲み込まれてしまいそうで、どこかへ連れていかれそうで。
そんな夜は決まって、姉さんがベッドに潜りこんできてくれていた。だいじょうぶ、なんて言葉はないまま、小さく丸まったあたしの横にするりと並んで。あたしよりも少しだけ長くて細い指をぎゅっと絡めて、寝癖がつく前の髪を壊れ物でも扱うみたいにやさしくなでて、それから、そう、額に口づけ。前髪をかき上げて、やわらかいくちびるが掠めていく感覚をよく覚えている。雪と氷の魔法を扱える姉さんが、あたしだけにくれるやさしい魔法だった。それだけであたしはぐっすりとお昼まで眠ることができたし、夜もこわくなくなった。あたたかいそれが恋しくてつい、こわがっているふりをすることはあったけど。
姉さんと離れてしまったことで、その魔法も消えてしまった。あたしだけの魔法はこれから先ずっと、与えられることはないのだと。そう思っていた。
髪を梳かし終えた姉さんがそろり、隣にすべり込んでくる。うつ伏せになったまま顔だけを横に向ければ、鉢合わせた氷色の眸が驚いたように丸くなって、それからゆうるり、笑みを形作った。
「懐かしいわね、この距離」
つ、と。月明かりに照らされてやわく光る指が伸びてきて、髪を一房絡め取っていく。くすぐったさに声を上げれば、ふふ、と洩れる笑い声。それはなによりも、昔の距離を思い出させてくれて。あのころに戻ったみたいで。
「まだ、夜はこわいのかしら」
上がる言葉尻に反して、疑問は含まれていなかった。きっと姉さんは、あたしがとっくの昔に暗闇をこわがっていないことを知っていたのだ。知っていて、落ち着かせようとしてくれていたのだ。
悪戯に笑って、少しだけうそつきなあたしは首を縦に振る。仕方ないわね、とでも言いたげに微笑んだ姉さんは指を絡めてきて、つと、前髪を上げて。
「おやすみなさい、」
あたたかさが額に振ってきて、あたしはまぶたを閉じた。
(わたしのかわいいいもうと)
ワンライで書きました。
2014.8.4