どうか人であれ。
見下ろした街並みはすっかり雪化粧が施されていた。美しい景色はともすれば女王の悲しみをとかしこんでいるのだと、人は言う。
何十年も経てようやく制御できるようになった力は、けれど感情の変化には敏感に反応するらしく、私の心を代弁するみたいに雪を降らし街を染めていく。いまだってそう、白い絵の具を足していくように、はらりはらりと落ち積もる。
そ、と。伸ばした手のひらに結晶が触れて、消えて。
とけてしまうほどの体温をくれた人が、隣で太陽みたいに笑ってくれていた妹がもう、どこにも見えないなんて。あなたがすきだったここからの景色をもう、一緒に見ることができないだなんて。
枯らしたはずの涙がまた頬を伝って、けれどあごから滴ったその瞬間、氷の結晶となってからりと転がっていく。ひとつ、ふたつ。耳に飛び込むさみしい音が、私が人ではないのだという証を突き付けてくるようで。
ねえ、私は精一杯人であろうとしたの。人のふりをしていただけなの。あなたと同じ人間になりたかっただけなの。老いることも死ぬことも涙の痕をつくることも出来なくなってしまった私を誰よりもあいしてくれたあなたの隣にいたかった、ただのみにくいばけものでしかなかったの。
あなたの傍にいるときは、薄氷色の眸に見つめられているときだけは、自分が人間であるような気がしていた。あなたに魔法をかけられていた。忌むべき力を持った私はそれでも人と同じように存在していてもいいのだと、そう思わせてくれていた。
だけれどあなたがいなくなってしまったら、とけることのない雪景色を見つめることしかできなくて。残されたばけものはただ、ひとりぼっちを噛みしめることしかできなくて。
自分自身を抱き止める、その指先が、さむくもないのに震えている。あたたかく包みこんでくれる人は、唯一私の名前を呼んでくれる人はもう、いない。
消えてしまったあなたとともにいっそ、とけてしまえたらよかったのに。この身を永遠に凍らせて、覚めることのない夢についてしまえれば、あなたにもう一度会うことができたかもしれないのに。
「─…ねえ、アナ、」
ゆきはとけない。
(とかしてくれていたひとはもう、どこにも、)
孤独な雪の女王はたったひとりの妹のために生きました。
2014.9.19