だからこそ私は、
つくづく不器用な性格なのだということは自分でもわかっている。アナが城を空けている時は特に。
「…にしたって、これはないわよね」
先ほどまでペンを走らせていた書類を持ち上げ、ため息を一つ。真っ白なそこにはアナに会いたいだとか顔を見たいだとか抱きしめたいだとか、つまりは私の本音がそのまま書き表されてしまっていた。記したのは当然、私なわけで。
どうやら私は、二つのことを同時進行することができないみたいだ。いまを例に挙げれば、視察という名のお忍びにどこぞへと出掛けてしまった妹の行き先を思いつつ他国への委任状をしたためるという、そんな簡単なことさえままならないだなんて。
遠く東の国の宰相は、七人の意見を同時に聞き分けた、そんな逸話があるというのに。その人の器用さを少しでも分けてもらえたら、なんてばかなことを考えてしまうくらいには、自分の不器用さにほとほと呆れていた。
紙を適当に飛行機型に折って、開けたままの窓の外めがけて放り投げる、それさえも成功しなくて、壁にぶつかった飛行機は小さな音を立てて床に落ちてしまった。拾いに行くのも面倒くさくて、息を一つ、新しい紙を取り出す。
やり直しの利く文面でよかった、そうでなければ、失敗を知ったアナになにを言われるかわからないもの。例えば紙飛行機を拾い上げて目を通し、こんなにあたしに会いたかったのね姉さん、だなんて、薄氷色の眸をうれしそうに細める様が目に浮かぶ。
姉としての威厳を保つためにも、そんなことだけはあってはいけないわ、絶対に。余裕を持っているのだと、妹がいなくたって公務を完璧にこなすことのできる姉なのだと思われたい。アナの前ではいつだって、立派なお姉さんでいたいから。過去をやり直すことはできないから、これからは、だけれど。
元気に城を後にした妹のことはとりあえず頭から追いやり、再び真っ白な書面と向き合う。とにかくいまは仕事に集中するの。落ち着いて、考えないように。
思考を書類だけに向ければ後は簡単なもので、ペンはすらすらと紙上を滑ってくれた。そうしてあっという間に、委任状が全容を見せ始める。
なんだ、私だってやればできるのよ。当然のことのはずなのになぜだか誇らしくなってひとり、胸を張る。
けれど。ちらりと視線を上げた先、執務机の真向かいに設置された椅子にいつも座っているはずのストロベリーブロンドが見当たらなくて。私の公務が終わるのをいまかいまかと、ときには歌を口ずさみながら待っていてくれる妹がいなくて。終わったわと声をかければ途端に、目をきらきらと子供みたいに輝かせるアナは私の傍にはいなくて。
あの眸に見つめられていたから、椅子が空席でなかったからこそ私は、順調に公務を進められていたのかもしれない。変わらない仕事が終わるのを待ち望んでくれている人がいるからこそ私は、安心して励むことができたのかもしれない。だからこそ私は、
「あ、」
はたと目に留まった、委任状の最後の一文。だからこそ私は、と。考えていたことをそのまま文字にしてしまっていた。
あと少しだったのに、また書き直しね。不器用な手を叱りつけようにも悪いのはどうにも私自身みたいで、息をまた一つ、ペンを放り出す。
続きは妹が帰ってきてからにしよう。全然進んでないじゃないの、だなんて怒られるのも、たまにはいいかもしれない。
紙飛行機第二号を外の世界へと放ってやる。悠々と指を離れた飛行機はけれど、思いきり壁にぶつかって落ちた。
(つまりはあなたがいなければ私は不完全だということ)
お姉ちゃんは妹がいないと仕事も手につきません。
2014.9.29