Dear my sister,
親愛なる女王陛下へ、
最初の一文は簡潔に。誰宛てか一目でわかるのはいいけど、なんだか距離を感じてしまうのはあたしだけだろうか。
腕を組んでシンキングタイム、やっぱりないわねと一人ごちて、くしゃくしゃに丸めた紙を後ろに放り投げる。きっとあたしの背後には一行だけ書いては放ったかわいそうな紙たちが山となっているんだろうけど、振り返ることなんてしない。資源を無駄遣いにしてはいけません、なんてお小言は、この手紙が完成してからいっぱい聞くから。だからいまは、筆を進めることに集中したかった。
たこができてしまいそうなほど握りしめた指を少しほぐして、ペンを持ち直す。深呼吸を一つ、いざ、とまっさらな紙に向かったものの、やっぱり言葉は出てきてくれなくて。
大体手紙を書こうなんて思い立ったことがそもそもの間違いだったのよね、なんて。数時間前の自分の思い付きにけちをつけ出す始末。
たった二週間、視察で他国に出掛けてしまった姉さんが恋しくて、なんとか想いだけでも伝えたくて、手紙を出そうとするだなんて。思考の子供っぽさにほとほと呆れが差してくる。
あと一週間も経てば帰ってきてくれることはわかってるのに。そうしたらまた抱きついて、口に上るままに言葉をはき出せばいいのに。どうにも堪え性のないあたしは、大人しく待つことができなかった。いや、一週間も耐えたんだから、あたしにしてはよくがんばった方かもしれないわね、うん。
自分を甘やかしつつも書き出しを熟考する。
拝啓、いかがお過ごしでしょうか──ううん、これも堅苦しい。Hi,エルサ、元気にしてるかしら、あたしは元気よ――これは軽すぎる。
手紙なんて生まれてこの方書いたことも、送る人もいなかったものだから、こういう時どういう風に始めたらいいのかわからなかった。
「…ああ、もうっ」
ペンを乱雑に転がして、机に頬をくっつける。ひんやりとした心地良い感覚に任せて視界を閉ざせば、いつもこの執務机に座って仕事をこなしている姉の姿がやけにくっきりと浮かび上がった。
なにやら難しいことでも考えてるみたいに眉を寄せるのは、多忙な姉君の癖だ。ペンの背でこつりとこめかみを叩いて、ふう、となにやら悩ましい声を洩らして。だけどあたしが顔を覗かせると途端に、ぱあと眸を輝かせてくれて。
そんな、どこか小さな子供みたいな表情が、あたしは一番、
「─…あ、」
ふ、と。自然と落ちてきた言葉を書き記したくてもう一度ペンを握る。浮かんだ一文をそのまま文字にすれば、いままで悩んでいたことがうそみたいにしっくりと当てはまって。
なんだ、もっとシンプルな言葉があったんじゃないの。あたしがいつも想っていること、いまはいない姉さんになによりも伝えたい想いが。
こんこん、割り込んできたノックの音とともに、見慣れた侍女が失礼しますと部屋に入ってきた。あたしの背後を見咎め一瞬悲鳴が洩れそうになったけど、咳払いを一つ、姫様、と。
「女王陛下がお戻りになりました」
「えっ、でも、あと一週間は帰ってこないって」
「どうやら帰国予定を早められたようですね」
妹君にお会いしたいとのことです、なんて。たしかに告げられた言葉を受け止めたのが先か、それともあたしが立ち上がったのが先か、そんなことはどうでもよかった。いまはただ、一刻も早く姉さんに会いたくて。あたしのために早く帰ってきてくれたエルサに、ついに完成することのなかった手紙を直接伝えたくて。
一行だけ書き留めた紙をそ、と。折り畳んで握りしめ、走り出す。
いとおしい姉さんを、あたたかいハグで出迎えるために。
(拝啓、だいすきなあたしの姉さんへ、)
生まれてはじめて書いた手紙の宛先は、
2014.10.3