trick trick trick.

 名案が思い浮かんだのは公務が滞りなく終了した夜のこと。  小さいころは一年に一度しかやってこないこの日を楽しみにしていたはずなのに、大人になったいま、ただ眠って終わらせてしまうのはなんだかもったいない。  思い立ったが吉日とはこのことで、子供みたいに跳ね出した心を押し留めるなんてできなくて、弾む足取りをそのままに廊下を抜け、歌うように扉をノック、果たして数秒の後に目的の人が姿を現した。私を見とめた途端、ぱあと顔が輝く。 「エルサ! 今日は早いのね、仕事は終わったの?」 「ええ、もちろん!」  表情につられて、声のトーンも上がっていく。私がこんなにも気持ちを高ぶらせていることが珍しいのか不思議なのか、アナはふと首を傾げた。疑問に思うのも無理はないけれど、そんなことよりも早く欲しくて仕方がないの。  ねえアナ、と。深呼吸を一つ、名前を向ければ、はい、だなんてなぜだか背筋を伸ばしてしまった妹に笑みをこぼして。あまくておいしいあれを、妹ならば絶対持っているはずだから。 「trick or treat !!」 「………あ、ええと」  静かな廊下に響いた明るい声に、けれど求めた反応はこなかった。  歯切れの悪い応えに表情を曇らせたのはなにも私だけではなくて、アナは心底申し訳なさそうに眉を下げる。 「あの、ね。まさかエルサがお菓子ほしいだなんて言うと思ってなくて、城下町の子供たちに配っちゃって…ないの。一つも」 「…チョコレートも?」 「チョコレートも」 「………仕方ない、わね」  口では納得しつつも落ちていく肩は隠しようがなかった。たぶん見る見る落ち込んでいっている私に、ごめんなさいと慌てた謝罪が降ってくる。  アナが悪くないことはわかっている、わかっているのだけれどやっぱり、残念なものは残念だった。  ないと意識すればするほど空腹は感じるもので、糖分を求め始めたおなかが切なく鳴り始めた。  ついには私みたいな困り眉になってしまったアナが、代わりになるかどうかわからないけど、と。一呼吸置いて手首をぐいと引っ張られ、気付いたときには腕に抱きとめられていた。  甘いあまい、アナのにおいが鼻をくすぐる。このにおいがどうやってつくられているのか、私はまだ知らない。 「いたずらしても、いいよ」  りんごよりも真っ赤に染まってしまった妹は空腹な私の目にとてもおいしそうに映って。  誘惑に勝てるはずもなくて、あまいくちびるに食いついた。 (あまいあまいおかしをちょうだい)
 姉妹はチョコレートが大好きです。  2014.10.31