愛がはじまる音がした。

「恋をしてみたいの。あなたと」  言えた。ようやくかたちにできた。心の中でよくやったと自分にガッツポーズを送る。私みたいないくじなしにだってきちんと伝えることができるのよと─ただしまっすぐに顔を捉えてではない─本当はふれ回りたいのだけれどいまはぐっと我慢。  恥ずかしいからごくごく自然に窓の外に目を向けて待っていたのに、予想していた返事が来ることはなくて。もちろんよ!だなんて、私の愛する妹ならばすぐさま応えてくれると思っていたのに。もしや自惚れすぎていたのか、彼女からの愛を見誤っていたのか──そんなこと、最初に確認しておけばよかったのに。  不安に駆られてなんとか視線を戻せば、嫌悪や呆れのような、おおよそ思い浮かべていた最悪の感情は見えなくて、ただただぽかんと口を開いて停止しているアナがそこにいた。一体どうしたというのだろう、目の前で手をひらひら振ってみても反応はなくて、 「エルサ、」 「ひうっ、な、なに…」  突然投げられた名前に身体を竦ませる。そんな私に気付いているのかいないのか─おそらく後者だろうけれど─ようやく私に焦点を合わせた薄氷色の眸がふるり、揺れた。 「あたしたちは、してなかったの」 「え、…な、なにを」 「だから、恋。あたしだけが、しちゃってたの」 「こ、い」  語尾を上げて尋ねられたそれはつい先ほど私自身が口にしたはずなのに、耳に飛び込んできた単語はまた別の響きを持っているみたいに聴こえて。  やっぱりいい音ね、なんて余韻に浸る暇もなく、こい、と。もう一度こぼした妹の薄氷色にみるみるうちに水が張っていった。 「姉さんはあたしに、こい、してなかったの。あい、なんて、やっぱり姉妹って意味でしかなかったの」 「ちょ、ちょっとアナ、落ち着いて、」 「あたしは、こんなに」  次々と繰り出される言葉は問いかけというよりむしろ自分に言い聞かせているようにも思えて。  押し寄せてくる文章の意味を処理しきれなくてとりあえず、違うわよ違うの、なんて繰り返してみたけれど、あまり効果はないみたい、大きな眸いっぱいにしずくを湛えて、 「あたしはこんなに、すきなのに、エルサのこと」  しゃくり上げながら落とされた最後の一文でようやく、彼女の言わんとしていることが理解できた。なんだそんなこと、と笑いたくなったけれど、元はといえば私のわかりづらい言い方が悪いのだから仕方がない。  それよりもいまは、彼女が泣き出してしまう前に誤解を解かないと。私がどれだけ想っているのか、目の前で嗚咽をこぼしているかわいいかわいい少女をどう想っているのかを。  息を一つ、いまならきちんと真正面から口にできる気がして。 「そうね。恋ではなかったみたいだわ」  ゆらり、薄氷色がゆらめく。ついには顔をくしゃくしゃにゆがめてしまったアナに、けれど私は今度こそ微笑んでみせた。 「だって私は、」  すべり出た本当の気持ちに大粒のしずくをこぼし始めたアナが勢いよく抱きついてくる。涙のせいか舌足らずになっていて、向けられた言葉の半分も意味が汲み取れなかったけれど、エルサのばかあ、あたしもよ、だなんて。そう聴こえたからもう、十分すぎるくらい。  呆れてしまうくらい不器用な私はこれ以上言葉にすることを諦めてただ、いとしい少女を抱きしめた。 (だって私はあいしているから、あなたのこと。いままでも、これからも)
 口下手な姉と早とちりな妹。  2014.11.1