ねぼすけによるねぼすけのための、

 女王陛下の朝は早い、 「エールーサーっ」  はずだったんだけど。あたしが目を覚ましても着替えを済ませても、いつもは早すぎるほど早起きな姉さんの氷色の眸は覗かないまま、毛布にくるまりすやすや寝息を立ててしまっている。  せっかく気持ちよさそうに眠ってるところを揺り起こすのも忍びなくて、自然とまぶたが開くのを待っていたけど、女王陛下がお目覚めにならないのは天変地異の前触れかと廊下の侍女たちが慌てふためき始めたものだからさすがに声をかけないわけにはいかない。  いつになくねぼすけな姉の名前を呼びつつ毛布を引っぺがせば、んー、と猫みたいに一度丸まって、それからようやく氷色がまたたきを一つ、二つ。 「あら、アナ。おはよう」 「あら、じゃないわ。もうお昼前よ」 「あら。ずいぶん早起きなのね」 「あたしが早く起きたんじゃなくて、エルサが起きなかっただけなの」  まだ寝ぼけているのか、少々的外れなことを言う姉にため息をつけば、なにがおかしいのかくすくすと笑いをこぼされる。 「ううん、おかしいわけじゃないの」  ただ、と前置きして。相も変わらず笑み崩れている姉はベッドにうつ伏せになり、突いた肘で顔を支えて見上げてきた。まだ夢の中にいるみたいな、まろやかな笑みがまぶしい。 「妹に起こしてもらうのもいいな、って」  さらりとそんなことを言うものだから一瞬意味を理解できなくて、だけど呑み込んだと同時に抱えてきた想いまで流れ込んできた。  もちろん、私が朝寝坊してるから、なんて意味ではなくて─もしかするとそれも含んでるのかもしれないけど─そうではなくて、部屋に閉じこもるしかなかったエルサはすべてを自分ひとりで行わなくちゃいけなかった、そのことを指しているんだろう。  王女の寝坊癖には困ったものです、なんて呆れられながらも毎朝侍女が起こしに来てくれるあたしと違って、エルサはきっとひとりきりで目を覚まして、身支度も食事もなにもかもをひとりきりで済ませて。だからこそ姉さんはこんなにもうれしそうに氷色を細めているのかもしれない。当たり前であるはずのしあわせを噛みしめているのかもしれない。  紡ぎかけたくちびるをそっと閉じて、代わりにもう、と苦笑を一つ。 「お望みなら毎朝モーニングコールしてあげるわよ、お姉さま」 「あら、毎朝?」 「…姉さんより早く起きれたら、の話だけど」 「あなたにモーニングコールすることの方が多そうね」  そう言って笑うものだからつられて口元が綻んでいく。もう朝よ、だなんてエルサに声をかけられる図が簡単に想像できるのが腑に落ちないけど、視界を開いて最初に映る景色にエルサがいるのなら、それもそれでいい気がした。  結局はあたしも、侍女でも城仕えでも誰でもなくただひとり姉さんに起こしてもらいたいみたい。そんなことを言おうものなら、わたくしの苦労は、とゲルダが泣き崩れてしまいそうだから、これはあたしだけの秘密。 「ほら、早く起きないとカイが祈祷師でも呼んでしまいそうよ」  廊下できっと気を揉んでいるであろう彼にエルサの起床を知らせるため背を向けたところで手首を掴まれ、引っ張られるがまま後ろに倒れていく。受け身を取る暇もないあたしの身体を包んだのはベッドではなく、いつの間にか上体を起こしていたエルサだった。  勢いよく上向いたあたしのくちびるにあたたかさが一つ。悪戯に笑んだ姉さんが距離を開けていく。 「そうね、アナにもらったことだし、そろそろ起きようかしら」 「っ、なに、を」 「なに、って」  熱を持っていく頬を隠す余裕もなく言葉を発したあたしを残してさっさと立ち上がってしまった姉はくるりと振り向いて、お母様もしてくれていたでしょう、とくちびるに人差し指を当てる。 「──おはようのキス」  ようやくエルサが起きたっていうのに、今度はあたしが寝込んでしまいそうだ。 (母さまのものとは意味が違うくせにっ)
 勝手に始めて勝手に終わるイケメン陛下キャンペーン。  2014.12.15