あたしだけが知っている。

 夢にまで見るほど憧れていた華やかなパーティーも、いまは憂鬱で面倒なものでしかない。 「これはこれはアナ王女、今日もお美しい」 「お褒めに与り光栄ですわ」 「ところで、エルサ女王のお姿が見えませんが…」 「ああ、姉でしたら、」  だってここには、 「─…今日は体調が悪くて、」  いとしいいとしい姉さんがいないんだもの。  ***  退屈なパーティーもようやく終焉。心が段々と弾んでいっているのは窮屈にまとめていた髪を解いたからなのか、それともあたしのいるべき部屋に向かっているからなのか。後者だってことくらい、問答しなくたってわかっていた。  ノックをする必要のなくなった扉のノブを握りしめる。ぱきぱきと、小さな音を立ててはがれていった氷に構うことなく室内に押し入れば、生まれたままの姿の姉さんがベッドの上でびくりと身体を震わせた。氷色の眸が怯えに染まってしまっている。きっと外の世界が怖いのね。大丈夫、すぐそっちに行って慰めてあげるから。  後ろ手で扉を閉めてすぐに近付けば、その分後ずさっていく。柵にくくり付けた錠で手を拘束しているから、立ち上がることさえ不可能だというのに。  ぎしりと、スプリングが慣れた音を残したと同時、姉さんを中心に広がっていた氷がかたちを失っていく。  頬に触れれば、ぎゅ、と。あたしを映し込む前に氷色が隠れてしまった。きっとずっと眠れていないのだろう、目の下に浮かんだくまをなぞって、色をなくした顔を下へと辿って。 「ね、ねえ、アナ」  久しぶりに口にされた名前は、随分と掠れている気がした。 「なあに、姉さん」 「…私は、いつ、外に出られるのかしら」  機嫌を窺うように上げられた語尾に眉を下げる。あたしが姉さんのためにがんばっているというのに、まだ理解してくれないのだろうか。姉さんをばけものと称する愚かな人たちから、姉さんを傷つける世界から守るためにこうして部屋に隠しているのに。もう怯えることがないように、力を怖がることがないように、ただあたしだけを見てくれるように。 「何度言えばわかってくれるの。これは姉さんを守るためなのよ」 「守ってもらわなくて平気。私は大丈夫よ」  姉さんは同じ言葉を繰り返すばかり。どこかで聞き覚えのあるそれを、広い世界に焦がれているようなそんな眸を向けて。だからあたしも、いつもと同じ答えを返す。 「答えはノー、よ、姉さん」  氷色が見開かれる様を見るのも、これで何度目だろう。なにをそんなに絶望することがあるのか、外の世界には怖いものしかないのに、あたしはいないのに。だからこそお父さまはこうして、姉さんを閉じ込めたはずなのに。  手を持って、鎖が巻き付いたそこに口づけを一つ。こんなに赤くなってしまって、かわいそうに、早く解放してあげたいのに。 「─…あいしてるわ、姉さん」  この世界からあたしと姉さん以外の人が、早くいなくなってくれたらいいのに。 (あるいは誰もいない世界へさらっていけたらよかったのに、)
 姉妹は束縛し合っているといい。  2015.2.19