どうかしあわせなエンドロールを。

 一国を治める女王陛下が多忙なことくらい知ってる。知ってるけど、こんな日くらい暇を作ってくれたっていいじゃない。一日とは言わない、せめて半日、一時間だけでもいいのに。 「ねえ、エルサはいまどこにいるのかしら」  誰に訊いたって答えは一緒、じきにお分かりになります、それだけ。みんなしてやさしく眉を下げて、頬をゆるめて。あたしが欲しいのはそんな回答じゃないのに。ひとり頬をふくらませてみても、みんな朝から忙しそうにしていて気にも留めてくれない。  ため息を一つ、部屋に山と積まれた箱たちのリボンをいじる作業に戻る。手を広げても抱えられそうにない箱のどれもこれもに“HAPPY BIRTHDAY”と書かれたカードが挟まっているから、今日がなんの日なのかは忘れられてないんだろうけど、それにしたって文字ばかりで言葉一つないのはあんまりにもあんまりだ。きっとこの中身はあたしが欲しがっていたものばかりだろうけど、開ける気にさえならない。  ため息が止まらない。今日だけで一体いくつのしあわせが逃げてしまっただろう、そもそももう逃げていくしあわせさえ持っていないのかもしれないけど。  傾いた陽の光を浴びつつ五個目だか七個目だかの箱のリボンを蝶結びから固結びに変えたところで、唐突に部屋の扉がノックされた。独特なリズムで五回。聞き覚えのあるそれはずうっと昔、あたしが叩いていたものと同じで。 「っ、姉さん!」  急いで立ち上がり扉を開ければ、思った通り、名前を呼んだその人が申し訳なさそうに眉を下げて立っていた。それだけ、たったそれだけでゆるんでいく涙腺を押し留めるようにエルサの手が伸びてきて、あたしのそれを握りしめる。 「エ、エルサ、なに、」 「もうひとりきりの誕生日なんて送らせないわ」  エルサがこぼしたのはその言葉だけ、手をつないだまま走り出す。  躓きそうになりながらも引っ張られるまま付いていった先は大広間の扉の前。ようやく立ち止まった姉さんはくるり、振り返って。浮かべていたのはさっきとは違う、満面の笑顔。表情の意味が汲み取れないけど、促されるままに両手で扉を開ける。  視界に映ったのは飾り付けされた大広間と、笑顔で拍手している城仕えのみんなと、それから、 「──パパ、ママ!」  思わず昔の呼称が飛び出してしまったのは自然。見間違えるはずがない、見間違えのはずがない、だってエルサがそっと背中を押してくれたから。振り返ったあたしに、いってらっしゃいと、口のかたちだけで伝えてくれたから。  みんなが空けてくれたまっすぐな道にゆっくり足を進める。こわくて顔が上げられない。  狭くはないはずの大広間をあっという間に奥まで進んでしまって、呼吸を一つ、恐る恐る視線を上げれば、今度こそ間違いない、お父さまとお母さまが目の前に立ってあたしに微笑んでくれていた。最後に見たあの時となにも変わっていない、いいえ、お父さまの髪に少し白いものが混ざっているけど、あたたかい表情も、まっすぐな視線もそのままで。 「遅くなってごめんなさい、アナ」 「寂しい想いをさせてすまない、アナ」  慣れ親しんだ声が降ってくる、しっかりとあたしの名前を呼んで。もっとよく確認したいのに、目に焼き付けたいのに、どうしようもなくぼやけてしまった視界からそれでもふたりの姿が消えることはなくて。  いつの間にか近付いてきていたのか、背中に触れた姉さんの手もかすかに震えているようだった。見上げれば、目尻にとけた涙の跡が見える。 「私の抱えていた想いを受け取ってくれるかしら、アナ」  そうして三人揃ってあたしを抱きしめて、 『──HAPPY BIRTHDAY、アナ!』 (たとえばこんな未来でも)
 心からのおめでとうとありがとうをこめて。  2015.2.25